浮世絵学13/中国古典文学(竹簡)(中国)、木簡 紙以前の記録 紀元前の記録は総て竹簡 酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂主人) [HP: ukiyo-e.co.jp]
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浮世絵学13/中国古典文学(竹簡)(中国)、木簡 紙以前の記録 紀元前の記録は総て竹簡 酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂主人) [HP: ukiyo-e.co.jp]

2016-5-01現在

酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂主人) [HP: ukiyo-e.co.jp]

春秋、戦国(楚)竹簡、秦竹簡、漢竹簡。秦、漢の竹簡が多い。

1)BC770-BC223楚(九店楚簡)*BC770-BC222春秋、戦国時代の侯国

BC770-BC403春秋時代

BC403-BC222戦国時代

*竹書紀年によると、帝堯元丙子、在位一百年とある。干支の記録では、これが一番古いか。しかし、BC841年以前は不確かであるから、BC770平王元甲戌、在位四十六年などから、干支を逆算して古く魅せたのであろう。

*楚は500余年続く、春秋五覇の一つ。のち戦国の七雄の一つ。楚の竹簡、多く発掘。

年代を絞り込み、特定する必要がある。

*九店楚簡 – 湖北省江陵県九店公社の楚墓から出土した竹簡。

2)BC403-BC222(戦国)長沙遺跡(中国湖南省長沙付近にある墓葬群)

* 1931年、戦国時代,漢代の遺物が出土した。その後、長沙近郊の陣家大山,伍家嶺,識字嶺,五里牌,徐家湾などの調査も行われた。BC770-BC403東周およびBC206-8AD漢代と長期に及び、特定されていない。

3)BC325-BC251(魏、襄王また安釐王*)(竹書紀年) *BC290s? – BC243

当時の竹簡が、魏の襄王(BC325-BC251)の墳墓から発見された。第一級の同時代の記録である。

夏,殷,周,晋から戦国魏の襄王(BC325-BC251)、または安釐王(あんきおう、BC290s? – BC243)までの記録。

*BC279(咸寧5)西晋、河南省汲県の春秋(戦国)時代の魏国の墓中で発見された。

*BC281(太康2)魏襄王の盗掘で出土(汲竹書)

その中に、『竹書紀年』・『穆天子伝』等が含まれる。

4)BC221-BC207(秦の竹簡・木簡)

戦国時代(BC403-BC222)の古城遺跡が完全な姿で発掘され、古城の古井戸から36,000枚以上の秦簡が発見された。

これは敦煌と同様、廃棄された行政記録類である。そのため、書庫でなく古井戸の廻りの廃材として使われた。

秦簡の他に、戦国期の竹簡は発見されなかったのか。

5)BC206-8AD(前漢)竹簡孫子

*1972、山東省臨沂県銀雀山のBC206-8AD前漢の墓から出土、が初期の記録を留めているという。

紀元後

1) 220-280呉(三国時代)走馬樓呉簡

*1996年、長沙市の走馬楼の古井戸から出土した簡牘。木簡が2000枚、竹簡は10万片以上に及ぶ。

2)317-419東晋

紙の普及に伴い、東晋桓玄の命によって公の場から竹簡が排除された。しかし、竹紙が作られた。

◯恐らく、中国各地の他の墳墓にも竹簡、木簡があるに違いない。しかし、水分など含み、保存が悪ければ、遺らない。同時代の第一級史料が出土すれば、いろいろな事実が解明する。

◯竹簡(殺青、サッセイ、また汗簡)

竹材は、青い部分を焼き、汗(油脂分)を取き、書き易く、腐らないように処理した。生竹は、虫に喰われてしまう。

N1) 684-729(長屋王)日本

日本では木簡。竹簡は発見されていない。これら膨大な量の木簡を丹念に調べると、為政者の都合により書かれた正史そのものと齟齬を生ずる。正史よりも、当時の木簡を優先すべきである。後代に編纂された記録は、裁判所の申し立て記録と同様、都合の悪いことは記録しない。

以下、インターネットの記録。竹簡の年代が特定されていない。

何か御存知の方があれば、御教示ねがいたい。

酒井 雁高(がんこう) 学芸員 curator
浮世絵・酒井好古堂   [HP: ukiyo-e.co.jp]
[浮世絵学]文化藝術懇話会    浮世絵鑑定家
100-0006東京都千代田区有楽町1-2-14
電話03-3591-4678 Fax03-3591-4678



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