浮世絵学01/落款(應挙)/偽筆*13 おうきょ_應挙/宮内庁三の丸尚蔵館 張飛、馬上にて睨み返す 酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂主人) [HP: ukiyo-e.co.jp]
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2016-11-10現在

酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂主人) [HP: ukiyo-e.co.jp]

本日(2016-7-04)の毎日新聞夕刊に、應挙(1733-1795)/張飛図が掲載されていた。三国志の張飛、長阪橋百万勢を睨(にらみ)返す。もっとも、この物語も、眉唾ものである。

高格天皇(1771-1840)(70)から皇室?に伝えられたと書かれている。皇室という言葉は明治以後に作られたもので、江戸時代、公家諸法度などがあり、天皇は単なる一人の公家に過ぎなかった。いずれにせよ、当時、應挙(1733-1795)が高格天皇に献上した添状(日時、鑑識)など、確たる証拠がなければならない。また何故、應挙が張飛図を御所に献上したか。何故、公家に対して武家の剛勇たる張飛の図を献上したか、その理由も明確でない。應挙の最晩年(1795)に献上したと考えると、高格天皇は24歳である。しかし、本図は明治以後、或は、戦後、描かれたように新しく見える。しかも應挙は、写実を基本として綿密な構図で定評がある。これは應挙ではない。落款の位置、また款印も基準落款、基準印ではなく、模刻である。

このような子供だましのような絵など、應挙は描かない。この張飛図を鑑定をした人物は、その責任において、本図の経歴、年月日、出所、由来などの鑑識を詳細に公表する義務がある。絵の具など、最近、彩色したような感じだ。しかも中国武人の甲冑なども不自然で、右手が描かれていない。また長阪橋も、このような木材を渡した小橋ではない。この橋の構造も、至って酷い描写である。橋脚と橋桁も、とって付けたような丸太材を並べただけの拙劣な描写だ。馬もポニーのように小さく、これでは甲冑の武人、相当の重量を背に載せる騎馬にならない。これは明らかに偽筆である。

應挙は直接、浮世絵という訳ではないが、あまりに酷い紹介なので、敢えて、偽筆と断定して應挙の名誉を守りたい。いま、手元にないが、佐々木承平*先生の円山應挙研究 研究篇/図録篇にも掲載されていない?迷品である。*平将門の承平(じょうへい)天慶の乱の年号があるので、誤記した。高速で物凄い量のデータを入力しているので、DBまた、他の入力に多くの誤認、誤記があると思う。特にローマ字入力なので、変換は別の文字になっていることが多い。親切な方が、教えてくれた。正しい名前表記は丞平である。

明治の天才浮世絵師・芳年(1839-1892)の一魁随筆/燕人張飛を添付して、比較して戴けば一目瞭然である。

芳年の方が遥かに技量、画量が優れている。

何か御気付きの点があれば、御教示ねがいたい。

酒井 雁高(がんこう) 学芸員 curator
浮世絵・酒井好古堂   [HP: ukiyo-e.co.jp]
[浮世絵学]文化藝術懇話会    浮世絵鑑定家
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電話03-3591-4678 Fax03-3591-4678



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