浮世絵学04/外題(小倉・擬百人一首)_國芳+廣重+豊國3 酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂主人) http://www.ukiyo-e.co.jp/13942
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1982-04-29現在(2022-05-26更新) 

浮世絵学:ukiyo-e study  浮世絵鑑定(肉筆浮世絵、錦絵):judge

SAKAI_gankow, curator, professional adviser of ukiyo-e

酒井 雁高(がんこう)(浮世絵・酒井好古堂主人) 

*学芸員 *浮世絵鑑定家 📞 Phone 03-3591-4678(東京・有楽町)

酒井 邦男(くにお)  酒井好古堂・副代表    *学芸員     *浮世絵鑑定家

100-0006東京都千代田区有楽町1-2-14(東京・有楽町 帝国ホテルタワー前) 

日本最古の浮世絵専門店

1803葵衛(齋藤秋圃)/葵氏艶譜


御案内

G浮世絵学00 御案内 酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂)

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複製・復刻

R浮世絵学00/複製・復刻 酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂)

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*1946、私、酒井雁高(がんこう)、(戸籍名、信夫のぶお)は、酒井藤吉、酒井十九子の次男として生まれた。生まれた時から、浮世絵に囲まれ、浮世絵博物館に組み込まれていたように思う。1966、兄・正一(しょういち)が冬山のスキー事故で死亡。いきなり、私に役目が廻ってきた。それにしても、子供が先に亡くなるとは、両親の悲しみは察して、余りある。母は、閉じこもったきり、黙ったままの父に、何も話すことが出来なかったという。

*1967、私は大学の経済学部を卒業し、すぐ文学部国文科へ学士入学。何とか、源氏物語など、各種日本文学、江戸文学も多少、学ぶことが出来、変体仮名なども読めるようになった。http://www.ukiyo-e.co.jp/wp-admin/edit-comments.php

*1982年以来、浮世絵博物館と一緒に過ごしてきた。博物館が女房替わりをしてくれたのかも知れない。

*それでは子供、というと、これら浮世絵学、1,172項目であろうか。一所(浮世絵学)懸命、学問としての浮世絵学を成長させてきたつもりである。今後も、御支援、御指導を賜りたい。2021-06-20酒井雁高・識

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日本で最古の浮世絵専門店。幕末の開明思想家・佐久間象山(1811-1864)(しょうざん)が、酒井義好(1810-1869)*よしたか の書齋を「好古堂」と命名しました。1982、酒井藤吉(とうきち)・十九子(とくこ)、酒井貞助(ていすけ)・富美江(ふみえ)、酒井泉三郎(せんざぶろう)・美代子(みよこ)らは、好古堂蒐集品を基として、父祖の地、松本市郊外に、日本浮世絵博物館を創立しました。

父・藤吉が亡くなってから、酒井信夫・雁高(がんこう)、そして酒井邦男が継承し、世界各地で65回の浮世絵展覧会を開催して今日に至っています。皆様のご指導ご鞭撻を御願い致します。

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 *Sakai Kohkodou Gallery  酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂主人) Japanese Traditional Woodblock Prints  

SAKAI_gankow, curator, professional adviser of ukiyo-e

2022 SAKAI, gankow   酒井雁高

 

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◯小倉・擬百人一首(よみ癖として、おぐらなぞらえひゃくにんしゅ) *「いっ」の音は消える。表記も、ひゃくにんしゅ。

落款:國芳、廣重、豊國3

刊年:1843-1846c 名主印を調べると、このように期間が限定できる。弘化三年の扉絵があるので、全作品は1846までに制作されたことが解る。以前、ウイーンのMAKを訪問した時、これらを展示してあった。日本文化を知る貴重な資料として紹介してあった。

 

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*引續きて出版致せハ  三代豊國作品(嘉永元年一二月まで)
 
 
*名主[印]を精査し、一覧表に纏めている研究論文があった。詳細について、下記を御覧ください。 

*[発表年月不明]廣岡由佳里/擬百人一首と天保の改革
*明治大学大学院 文学研究科 演劇学専攻博士前期課程

判型形態:大1

外題:小倉・擬百人一首

板元:伊場仙板

内題:*百人一首の順序

(雁註)内題、九十二* 後京極摂政前太政大臣 清玄尼 松若丸 *誤刻→正刻「九十一」

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*和歌と描かれている人物などとの関係が理解し難いものがある。直接、間接、関係はない。百人一首は、誰でも知っているので、連番のための手段。

当時を代表する浮世絵師三人、三代豊國、國芳、廣重らが、分担して描いている。

光孝天皇の…雪はふりつゝ 馬上の巴御前、雪が降っている。

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以前、ウイーンのMAK(工芸美術館)を訪問した時、これらの作品の一部が展示されていた。

確かポスターにもなっていた。百人一首は、もっとも庶民に親しまれた和歌で、新春を寿ぐものであった。

 

 

一勇齋國芳画/小倉・擬百人一首・鬼若丸 後、辨慶となる 西塔鬼若丸

 

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一勇齋國芳画/小倉・擬百人一首・清玄尼 松若丸

蝶々は、あの世と、この世を繋ぐ象徴

 

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一勇齋國芳画/小倉・擬百人一首・こし元千鳥

 

30Mが最大で、この高精度の画像だと数枚しか表示できない。

当時、収集した画帖で、全作品が遺っている。収集した作品を楽しみ、何度も画帖を見ていたのであろう。最初の作品、最後の作品は手擦れがある。その他は、極めて摺も良好、保存が良い。幕末の最大絵師、三代豊國、一勇齋國芳、廣重が分担して作品を描いている。

何か気が付かれた方は、御教示ねがいたい。

酒井 雁高(がんこう) 学芸員 curator 浮世絵・酒井好古堂  

[http://www. ukiyo-e.co.jp] [浮世絵学]文化藝術懇話会    浮世絵鑑定家

100-0006東京都千代田区有楽町1-2-14

電話03-3591-4678 



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