浮世絵学(文化藝術懇話会)(48)貫之/土佐日記(土左日記) 酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂主人) [http://www.ukiyo-e.co.jp]
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浮世絵学(文化藝術懇話会)(48)貫之/土佐日記(土左日記) 酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂主人) [http://www.ukiyo-e.co.jp]

2018-02-08更新(2018-05-25更新)

文化藝術懇話会(48)[E-mail:gankow@gmail]
時: 2017-10-19(木)18.30-20.00
所: 淡路町ワテラス・レジデンス2011号(パーティR)
人: 土佐日記(土佐守の任期を終えて海路、都へ戻る)
・貫之は、930年、土佐守に任ぜられ、5年の任期を終え、934.12.21、土佐の国司の館を出発、船出し和泉、淀川を上って、翌935.2.11、2.16無事、帰京する。55日間の船旅。「をとこもすなる日記といふものを、をむなもしてみむとて、するなり」*短編です、是非、この機会に土佐日記を含め、和泉式部日記、紫式部日記、蜻蛉日記を読了!
酒井雁高 浮世絵・酒井好古堂  [http://www.ukiyo-e.co.jp]
文化藝術懇話会 [浮世絵学]Mobile: 090-8171-7668
100-0006東京都千代田区有楽町1-2-14 *現代語訳でOK
電話03-3591-4678 Fax03-3591-4678

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文化藝術懇話会(48)
時: 2017-10-19(木)18.30-20.00
所: 淡路町ワテラス・レジデンス2011号(パーティR)
人: 土佐日記

成立:承平(ジョウヘイ)5(935)
作者:紀の貫之(つらゆき)(870c-945c)
書名:土佐日記 土左日記とも

5年の任期を終えて、土佐を船出して55日間。934.12国府を出発、翌935.02帰京。失った愛娘のことも書いて、貫之自身が出てしまっている。

1 男が書く日記を女である私も書いてみようと思う、ということではない。
漢字で書く男の日記が盛んであるが、仮名の女文字で日記を書いてみよう。
貫之の身近に仕えている女が、その主人公の言行を記したという形になっている。日記というが旅日記、道の記である。(池田弥三郎)

2 三十六歌仙*の一人  *藤原公任(966-1041)(きんとう)
紀の友則、凡河内(おおしこうち)躬恒、壬生(みぶ)忠岑らと905*「古今集」を編纂 *醍醐天皇の勅命
「古今集」仮名序(かなじょ)
・文章道の学生出身。老年におよび、土佐守に任じられたが、「時めかぬ役人」であった。
・土佐日記の執筆は、漢詩、漢文尊重による感受性の抑圧、人間別紙への異議申し立て(竹西寛子)。

3 古今集/仮名序(竹西寛子)
やまとうたは、人のこころをたねとして、よろづのことの葉とぞなれりける。世中にある人、ことわざしげきものなれば、心におもふことを、見るもの、きくものにつけて、いひいだせるなり。花に なくうぐいす、みづにすむ かはづのこゑをきけば、いきとしいけるもの、いづれか うたをよまざりける。ちからをもいれずして、あめつちをうごかし、めに見えぬ鬼神をも、あはれとおもはせ、おとこ女のなかをもやはらげ、たけきもののふのこころをも、なぐさむるは哥なり。
いまの世中、色につき、人のこころ、花になりにけるより、あだなるうた、はかなきことのみ、いでくれば、いろごのみのいへに、むもれぎの、人しれぬこととなりて、まめなる所には、花すすき、ほにいだすべき事にもあらずなりにたり。
たとひ時うつり、ことさり、たのしび かなしび ゆきかうとも このうたの もじあるをや。あをやぎの いとたえず、まつのはの ちり うせずして、まさきのかづら、ながくつたはり、とりのあと、ひさしく とどまれらば、うたのさまをしり、ことの心をえたらん人は、おほぞらの月をみるがごとくに、いにしへをあふぎて、いまをこひざらめかも。

4 公(おおやけ)の場、漢詩、漢文
・この日記は、当時の権門の子弟のための個人用教科書として貫之が著述し、献呈した「和歌初学入門」の書であった(萩谷朴)
・入門書とまではいゆかなくても、不特定の読者に、自分の和歌についての考えを遠慮なく語り遺(のこ)したい気持ちは充分あったであろう。ささやかではあっても、作品の中に違和感なく、藝術論をおさえめたという点では、土佐日記は源氏物語にも、金閣寺(三島由紀夫作)、朱を奪ふもの(円地文子作)にも先行しているのである。(竹西寛子)
・官吏としての不遇、家庭人としての不遇(土佐の認知で愛娘と死別)、後任者の違約、帰途の天候不順、京の留守居の管理不行届きなどの不如意。(竹西寛子)

1815(文化12)
土佐日記考証
岸本由豆流(ゆずる)(1788-1846) 村田春海の弟子
*唐の李翺(リ・コウ)/来南録
・和文を書くべき手本として、この日記に勝るものはない。
・一日一日の出来事でなく、家々の記録を日記と称していた。
・文章を書くための手本、まず土佐日記、伊勢物語

酒井 雁高(がんこう) 学芸員 curator
浮世絵・酒井好古堂 [[http://www.ukiyo-e.co.jp]
[浮世絵学]文化藝術懇話会  浮世絵鑑定家
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定家本「土左日記」 紀貫之 目録

男(をとこ)もすといふ日記といふ物を、女(をむな)もして心みむとて、するなり。
それの年(とし)師走の
二十日(はつか)あまり一日(ひとひ)の日の戌(いぬ)の時に、門出(かとて)す。
そのよし、いさゝかに物に書(かき)つく。
ある人、県(あかた)の四年(よとせ)五年果てゝ、例(れい)のことどゝもみな し終(をへ)て、解由(けゆ)など取(と)りて、住(すむ)館(たち)より出(い)でゝ、舟にのるべき所へ渡(わたる)。
かれこれ、知(しる)知(し)らぬ送(をくり)す。
年来(としころ)よく比(くら)べつる人々なむ、別(わかれ)難(かたく)思ひて、しきりに とかくしつゝ のゝしるうちに夜更ふけぬ。

廿二日に、和泉(いつみ)の国(くに)までと、平(たひ)らかに願立(たつ)。
藤原(ふちはらの)ときざね、船路(ふなち)なれど、馬(むま)のはなむけす。
上中下(かみなかしも)、酔(ゑ)ひ飽(あき)て、いとあやしく、潮海(しほうみ)のほとりにて、あざれあへり。

廿三日、八木(やき)のやすのりといふ人あり。
この人、国(くに)に必(かなら)ずしも言(いひ)使(つか)ふ者(もの)にもあらずなり。
これぞ、たたゝはしきやうにて、馬(むま)のはなむけしたる。
守(かみ)がらにやあらむ。
国(くに)人の心のつねとして、いまはとて、見えずなるを、心ある者(物)は、恥(はぢ)ずぞなむ来きける。
これは物(もの)によりてほむるにしもあらず。

廿四日、講師馬(むま)のはなむけしに出(い)でませり。
ありとある上下、童(わらは)まで、酔(ゑ)ひしれて、一文字をだに知しらぬもの、しが足(あし)は十文字に踏(ふみ)てぞ遊(あそぶ)。

廿五日、守(かみ)の館(たち)より、呼(よび)に文(ふみ)持て来きたなり。
呼(よ)ばれて到(いた)りて、日一日(ひとひ)、夜(よ)一夜とかく遊(あそぶ)やうにて明(あけ)にけり。

廿六日、猶守(かみ)の館(たち)にてあるに、饗応あるしし、のゝしりて、郎等までに物(もの)かづけたり。
漢詩(からうた)声上げて言(い)ひけり。
和歌(やまとうた)、主人(あるし)も客人(まらうと)も、こと人も言(い)ひあへりけり。
漢詩(からうた)は、これにえ書(か)かず。
和歌(やまとうた)、主人(あるし)の守(かみ)の詠(よ)めりける、
「都(みやこ)出でゝ君(きみ)に逢(あは)むと来(こ)し物を 来(こ)しかひもなく別(わか)れぬるかな」
となんありければ、帰(かへる)前(さき)の守(かみ)の詠(よめ)りける
「白妙(しろたへ)の浪地を遠(とを)く行(ゆき)交(かひ)て 我(われ)に似(に)べきは誰(たれ)ならなくに」
こと人々のもありけれど、さかしきもなかるべし。
とかく言(い)ひて、前(さき)の守(かみ)、今(いま)のも、もろともに下(お)りて、今の主人(あるし)も、前(さき)のも、手取(とり)交(かは)して、酔言(ゑ)ひことに心よげなる言(こと)して、出(い)でにけり。

廿七日、大津(おほつ)より浦戸(うらと)をさして漕(こぎ)出(い)づ。
かくするうちに、京にて生うまれたりし女子(をんなこ)、国(くに)にてにはわかに失うせにしかば、このころの出(い)で立たち、いそぎを見れど、何言(なにこと)も言(い)はず、京へ帰(かへ)るに、女子(をんなこ)のなきのみぞ悲(かな)しび恋(こふ)る。
ある人々もえ堪(た)へず、この間(あひた)にある人(ひと)の書(か)きて出(い)だせる歌(うた)、
「都(みやこ)へと思ふもゝのゝ悲(かな)しきは 帰(かへ)らぬ人のあればなりけり」
又ある時には、「あるものと忘(わす)れつゝ猶なき人をいづらと問(と)ふぞ悲(かな)しかりける」と言(い)ひける間(あひた)に、鹿児(かこ)の崎(さき)と言(い)ふ所(ところ)に、守(かみ)の兄弟(はらから)、又こと人、これかれ酒(さけ)なにと持(も)て追(をひ)来(き)て、磯(いそ)に下(お)りゐて、別(わかれ)がたきことを言(い)ふ。
守(かみ)の館(たち)の人々のなかに、この来(き)たる人々ぞ、心(こゝろ)あるやうに言(い)はれほのめく。
かく別(わか)れがたく言(い)ひて、かの人ひとびとの口網(くちあみ)もゝろはちにて、この海辺(うみへ)にて、担(にな)ひ出(い)だせる歌(うた)、「惜(お)しと思ふ人やとまると葦鴨(あしかも)のうち群むれてこそ我(われ)は来(き)にけれ」と言いひてありければ、いといたく賞めでゝ行(ゆく)人の詠(よ)めりける、「棹(さを)させど底(そこ)ひも知(し)らぬわたつみの 深(ふか)き心を君(きみ)に見るかな」と言いふ間(あひた)に楫取(かちとり)物のあはれも知しらで、己(をのれ)し酒(さけ)を食(くら)ひつれば、早(はや)く往(い)なむとて、「潮(しほ)満ちぬ。
風も吹(ふ)きぬべし」と騒(さわ)げば、舟に乗(のり)なんとす。
この折(おり)にある人(ひと)びと、折節(おりふし)につけて、漢(から)の詩(うた)ども、時に似(に)つかはしき言(い)ふ。
又ある人、西国(にしくに)なれど、甲斐(かひ)歌など言ふ。
「かく歌(うた)ふに、船屋形(ふなやかた)の塵(ちり)も空(そら)行く雲(くも)も漂(たゝ)よひぬ」とぞ言(い)ふなる。
今宵(こよひ)、浦戸(うらと)に泊(とまる)。
藤原(ふちはら)のときざね、橘(たちはな)のすゑひら、こと人々、追(を)ひ来(き)たり。

廿八日、浦戸(うらと)より漕(こぎ)出(い)でゝ、大湊(おほみなと)を追(を)ふ。
この間(あひた)に、はやくの守(かみ)の子(こ)、山口くちの千みね、酒(さけ)よき物ども持(も)て来(き)て、船(ふね)に入(い)れたり。
行(ゆく)ゝゝ飲(の)み食(く)ふ。

廿九日、大湊(おほみなと)に泊(とま)れり。
医師(くすし)、ふりはへて、屠蘇(とうそ)、白散(びゃくさん)、酒(さけ)加へて持(も)て来(き)たり。
心ざしあるに似(に)たり。

元日、猶同(おなじ)泊(とまり)也。
白散をある者(もの)、夜(よ)の間(ま)とて、船屋形(ふなやかた)にさしはさめりければ、風に吹(ふき)馴(な)らさせて、海(うみ)に入(い)れて、え飲(のま)ずなりぬ。
芋茎(いもし)、荒布(あらめ)も、歯固(はかため)もなし。
かうやうの物もなき国(くに)也。
求(もとめ)しも置(を)かず。
ただ(ゝ)、押鮎(をしあゆ)の口(くち)をのみぞ吸(す)ふ。
人々の口(くち)を、押鮎(をしあゆ)もし思ふやうあらんや。
「今日(けふ)は都(みやこ)のみぞ思(おも)ひやらるゝ」「小家(こへ)の門(かと)の注連縄(しりくへなは)のなよしの頭(かしら)柊(ひゝら木)ら、いかにぞ」とぞ言(い)ひあへなる。

二日、猶大湊(おほみなと)に泊(とま)れり。
講師、物(もの)、酒(さけ)お(を)こせたり。

三日、同(おなじ)所也。
もし風波(なみ)の、猶しばしと、惜(おし)む心やあらん。
心もとなし。

四日、風吹(ふ)けば、え出(い)でたゝず。
まさつら、酒(さけ)よき物たてまつれり。
このかうやうに物持(も)てくる人に、猶しもはあらでいさゝけわざせさす。
物(もの)もなし。
賑(にきわゝ)しきやうなれど、負(ま)くる心地(こゝち)す。

五日、風波止(やま)ねば、猶同(おなじ)所にあり。
人ゝゝ絶(たえ)ず訪(とふらひ)に来。

六日、昨日(きのふ)のごとし。

七日になりぬ。
同(おなじ)港(みなと)にあり。
今日(けふ)は白馬(あおむま)など思(おも)へど、かひなし。
ただ(ゝ)浪の白(しろ)きのみぞ見ゆる。
かゝるほどに人の家の池と名(な)ある所より、鯉(こひ)はなくて、鮒(ふな)よりはじめて、川(かは)のも海(うみ)のも、こと物ども長櫃(なかひつ)に担(に)なひ続(つゝけ)ておをこせたり。
若菜(わかな)ぞ今日(けふ)をば知(しら)せたる。
歌(うた)あり。
その歌(うた)、
「浅茅生(あさちふ)の野辺(のへ)にしあれば水もなき池に摘(つみ)つる若菜(わかな)なりけり」
いともかしこし。
この池(いけ)といふは、所の名なり。
よき人の男(おとこ)につきて下(くた)りて、住(すみ)けるなりけり。
この長櫃(なかひつ)の物は、みな人ゝゝに童(わらは)までにくれたれば、飽(あき)満(みち)て、船子(ふなこ)どもは、腹鼓(はらつゝみ)を打(うち)て、海(うみ)をさへ驚(おとろ)かして、波(なみ)立てつべし。
かくて、この間(あひた)に事(こと)多かり。
今日(けふ)、割籠(わりこ)持たせて来(きた)る人、その名など(ゝ)とぞや、今(いま)思ひ出(い)でむ。
この人、歌(うた)詠まむと思(おも)ふ心ありてなりけり。
とかく言(い)ひいひて、「波(なみ)の立(た)つなること」と憂(う)るへ言(い)ひて詠(よ)める歌(うた)、「行(ゆ)く先(さき)に立(た)つ白浪の声よりも 遅をくれて泣(なか)む我(われ)やまさらん」とぞ詠よめる。
いと大声(おほこゑ)なるべし。
持(も)て来(き)たる物よりは、歌(うた)はいかがゝあらん。
この歌(うた)を、これかれあはれがれども、一人(ひとり)も返(かへ)しせず。
しつべき人も交(まし)れゝど、これをのみいたがり、物をのみ食(く)ひて、夜更(よふ)けぬ。
この歌主(うたぬし)は、「まだ罷(まか)らず」と言(い)ひて立(た)ちぬ。
ある人の子(こ)の童(わらは)なる、ひそかに言(い)ふ。
「まろ、この歌(うた)の返(かへ)しせん」と言(い)ふ。
驚(おとろ)きて、「いとをおかしきことかな。詠(よみ)てむやは。詠(よみ)つべくは。は(ゝ)や言(い)へかし」と言(い)ふ。
「「罷(まか)らず」とて立(たち)ぬる人を待(まち)て詠(よま)ん」とて、求(もとめ)けるを、夜更(ふけ)ぬ、とにや、や(ゝ)がて往(い)にけり。
「そもそも、いかがゝ詠(よ)むだる」と、いぶかしがりて問(と)ふ。
この童(わらは)さすがに恥(はぢ)て言(い)はず。
強(しひ)て問(とへ)ば、言(いへ)る歌(うた)、「行(ゆ)く人もとまるも袖の涙川(なみたかは) 汀(みきは)のみこそ濡(ぬれ)まさりけれ」となん詠(よ)める。
かくは言(い)ふものか。
うつくしければにやあらん、いと思(おもは)ずなり。
「童言(わらはこと)にては、何(なに)かせむ。嫗(おんな)、翁(をきな)に捺(をし)つべし。悪(あし)くもあれ、いかにもあれ、便(たより)あらばやらむ」とて、置(をか)れぬめり。

八日、障(さはる)ことありて、なほ同(おなじ)所(ところ)なり。
今宵(こよひ)、月は海(うみ)にぞ入(い)る。
これを見て業平(なりひら)の君(きみ)の、「山の端は逃て入(い)れずもあらなん」といふ歌(うた)なん、思(おほ)ゆる。
もし海辺(うみへ)にて詠(よま)ゝしかば、「波(なみ)たち障(さへ)て入(いれ)ずもあらなん」とも詠(よみ)てましや。
今(いま)この歌(うた)を思出(いて)て、ある人の詠(よめ)りける。
「照(てる)月の流(なか)るゝ見(み)れば天(あま)の河 出(いつ)る港(みなと)は海(うみ)にざりける」とや。

九日のつとめて、大湊(おほみなと)より奈半(なは)の泊(とまり)を追(をは)むとて、漕(こぎ)出(い)でけり。
これかれ互(たかひ)に、「国(くに)の境(さかひ)のうちは」とて、見送(をく)りに来(く)る人、あまたがなかに、藤原のときざね、橘のすゑひら、長谷部(はせへ)のゆきまさらなん、御館(みたち)より出(い)で給たうびし日より、こゝかしこに追(をひ)来(く)る。
この人ゝゝぞ心ざしある人なりける。
この人(ひと)びとの深(ふか)き心ざしはこの海(うみ)にも劣(おと)らざるべし。
これより今(いま)は、漕(こぎ)離はなれて行(ゆ)く。
これを見送(をく)らんとてぞ、この人どもは追(を)ひ来(き)ける。
かくて漕(こ)ぎ行(ゆ)くまにまに、海(うみ)のほとりにとまれる人も、遠(とを)くなりぬ。
舟の人も見えずなりぬ。
岸(きし)にも言(い)ふことあるべし。
舟にも思ふことあれど、かひなし。
かゝれど、この歌(うた)をひとり言(こと)にしてやみぬ。
「思やる心は海(うみ)を渡(わた)れども 文(ふみ)しなければ知(し)らずやあるらん」
かくて宇多の松原を行(ゆ)き過(す)ぐ。
その松(まつ)の数(かす)いくそばく、いく千歳(ちとせ)へたりと、知(し)らず。
元(もと)ごとに浪うち寄(よ)せ枝ごとに鶴(つる)ぞ飛(と)び交(か)ふ。
おもしろし、と見るに堪(たへ)ずして、舟(ふな)人の詠(よめ)る歌(うた)、「見渡わたせば松の末うれごとに棲(すむ)鶴(つる)は 千代(ちよ)のどちとぞ思ふべらなる」とや。
この歌(うた)は所(ところ)を見るに、えまさらず。
かくあるを見つゝ漕(こ)ぎ行(ゆ)くまにゝゝ、山も海もみな暮(く)れ、夜更(ふ)けて、西(にし)東も見えずして、天気(てけ)のこと、舵(かち)取の心に任(まか)せつ。
男(をのこ)も慣(なら)はぬは、いとも心細(ほそ)し。
まして女(をんな)は、舟底(ふなそこ)に頭(かしら)を突(つ)きあてゝ、音(ね)をのみぞ泣(な)く。
かく思(おも)へば、舟子(ふなこ)、舵(かち)取は舟唄(ふなうた)歌ひて、何(なに)とも思(おも)へらず。
その歌(うた)ふ唄(うた)は、「春(はる)の野(の)にてぞ音(ね)をば泣(な)く若薄(わかすゝき)に手(て)切(きる)摘(つ)むだる菜(な)を親(おや)やまぼるらん姑(しうとめ)や食(く)ふらんかつらや昨夜(よ)むへのうなゐもがな銭(せに)乞はむ空言(そら)ことをしてをぎのりわざをして銭(せに)も持(も)て来(こ)ず己(をのれ)だに来(こ)ず」
これならず多(おほ)かれど、書(か)かず。
これらを人の笑(わら)ふを聞(き)きて、海(うみ)は荒(ある)れども、心はすこし凪(なぎ)ぬ。
かくて行(ゆ)き暮(くら)して、泊(とまり)に到(いた)りて、翁人(おきなひと)一人、専女(たうめ)一人あるが中(なか)に心地悪(あし)みして、物(もの)もゝのし給(たば)で、ひそまりぬ。

十日、今日(けふ)は、この奈半(なは)の泊(とまり)に泊(とまり)ぬ。

十一日、暁(あかつき)に舟を出(い)だして、室津(むろつ)を追(を)ふ。
人みなまだ寝(ね)たれば、海(うみ)のありやうも見えず。
ただゝ月を見てぞ、西(にし)東をば知(し)りける。
かゝる間(あひた)に、みな夜明(よ)あけて、手(て)洗(あら)ひ、例(れい)の事(こと)どゝもして、昼(ひる)になりぬ。
今(いま)し、羽根(はね)といふ所に来(き)ぬ。
若(わかき)童(わらは)この所の名を聞(き)きて、「羽根(はね)といふ所は鳥(とり)の羽根(はね)のやうにやある」と言(い)ふ。
まだ幼(おさな)き童(わらは)の言(こと)なれば、人々笑(わら)ふ時に、ありける女童(わらは)なん、この歌を詠(よ)める。
「まことにて名(な)に聞(き)く所羽根(はね)ならば 飛(と)ぶがごとくに都(みやこ)へもがな」とぞ言(い)へる。
男(をとこ)も女(をんな)も、「いかでとく京へもがな」と思ふ心あれば、この歌(うた)よしとにはあらねど、「げに」と思て、人々忘(わす)れず。
この羽根(はね)といふ所問(と)ふ童(わらは)のついでにぞ、又昔(むかし)の人を思出(い)でゝ、いづれの時にか忘(わす)るゝ。
今日(けふ)はまして、母(はゝ)の悲(かなし)からるゝことは。
下くたりし時の人の数かす足らねば、古歌ふるうたに、「数かすは足たらでぞ帰かへるべらなる」といふ言ことを思出いでゝ、人の詠よめる。
「世中に思ひやれども子こを恋こふる 思おもひにまさる思おもひなきかな」と言いひつゝなん。

十二日、雨あめ降らず。
ふむとき、これもちが舟ふねの遅をくれたりし、奈良志津ならしつより室津むろつに来きぬ。

十三日の暁あかつきに、いさゝかに雨あめ降る。しばしありて、止やみぬ。
女これかれ、「沐浴ゆあみなどせん」とて、あたりのよろしき所に下おりて行ゆく。
海うみを見やれば、「雲くももみな浪とぞ見ゆる海人あまもがなづれか海うみと問とひて知しるべく」となん歌うた詠める。
さて、十日とうかあまりなれば、月おもしろし。
舟に乗のり始はしめし日より、舟には紅くれなゐ濃く、よき衣きぬ着ず。
それは、「海うみの神に怖をぢて」と、言いひて、何なにの葦蔭あしかけにことつけて、老海鼠ほやのつまのいずし、鮨すし鮑をぞ、心にもあらぬ脛はきに上あげて見せける。

十四日、暁あかつきより雨あめ降れば、同おなし所に泊とまれり。
舟君ふなきみ、節忌(せち見)す。
精進物さうしものなければ、午むま時より後のちに舵取かちとり、昨日きのふ釣りたりし鯛たひに、銭せになければ、米よねを取とり掛かけて、落おちられぬ。
かゝること、なほありぬ。
舵取かちとり、又鯛たひ持て来きたり。
米よね酒など、来くる。
舵取かちとり、気色けしき悪しからず。

十五日、今日(けふ)、小豆粥(あつきかゆ)煮ず。
口惜(くちお)しく、なほ日の悪(あし)ければ、ゐざるほどにぞ、今日(けふ)二十日あまり経(へ)ぬる。
いたづらに日を経(ふ)れば、人々海を眺(なかめ)つゝぞある。
女(め)の童(わらは)の言(い)へる。
「立(たて)ば立(た)つゐれば又ゐる吹(ふ)く風と 浪(なみ)とは思ふどちにやあるらん」いふかひなき者(もの)の言いへるには、似(に)つかはし。

十六日、風浪(なみ)止まねば、なほ同(おなじ)所にあり泊(とま)れり。
ただゝ「海(うみ)に浪(なく)していつしか御崎(みさき)といふ所(ところ)渡らん」とのみなん思(おもふ)。
風浪(なみ)、とにゝ止(や)むべくもあらず、ある人の、この浪立(た)つを見て詠(よ)める歌(うた)、
「霜だにも置(をか)ぬ方ぞといふなれど 浪(なみ)の中(なか)には雪(ゆき)ぞ降(ふ)りける」
さて舟に乗(の)りし日より今日(けふ)までに二十日(はつか)余り五日(いつか)になりにけり。

十七日、曇(くも)れる雲(くも)なくて、暁月夜(あかつきつくよ)、いともおもしろければ、舟を出(い)だして漕(こ)ぎ行(ゆ)く。
この間(あひた)に雲(くも)の上(うへ)も海(うみ)の底(そこ)も、同(おなじ)ごとくになんありける。
むべも昔(むかし)の男(をとこ)は、「棹(さお)浮かべ浪(なみ)の上(うへ)の月を、舟(ふね)は圧(をそ)ふ海(うみ)の中(うち)の空(そら)を」とは、言(い)ひけむ。
聞(き)き戯されに聞きける也。
又ある人の詠よめる歌うた、
「水底みなそこの月の上うへより漕こぐ舟の 棹さおに障さはるは桂かつらなるらし」
これを聞ききて、ある人の又詠よめる。
「影かけ見れば浪の底そこなる久方ひさかたの 空そら漕ぎ渡わたる我われぞわびしき」
かく言いふ間あひたに、夜やうやく明あける間あひたに行ゆくに、舵取かちとりら、「黒くろき雲くもにはかに出いで来きぬ。風吹ふきぬべし。御舟みふね返してむ」と言いひて、舟返かへる。
この間あひた雨降ふりぬ。いとわびし。

十八日、なほ同おなじ所にあり。海うみ荒ければ、舟(い)ださず。
この泊とまり、遠とほく見みれども、近ちかく見みれども、いとおもしろし。
かゝれども苦くるしければ、何事なにことも思おもほえず。
男をとこどちは心やりにやあらん、漢詩からうたなどいふべし、舟も出いださでいたづらなれば、ある人の詠よめる、
「磯いそふりの寄よする磯いそには年月をいつともわかぬ雪ゆきのみぞ降ふる」
この歌うたは常つねにせぬ人の言こと也。
又人の詠よめる、
「風に寄よる浪の磯いそには鴬うくひすも春もえ知しらぬ花のみぞ咲さく」
この歌うたどもを、すこしよろしと聞ききて舟の長をさしける翁おきな、月ごろ苦くるしき心やりに詠よめる、
「立たつ浪を雪か花かと吹風ぞ寄よせつゝ人をはかるべらなる」
この歌うたどもを人の何なにかと言いふを、ある人聞ききふけりて詠よめり。
その歌うた詠める文字もし、三十文字みそもし余り七文字なゝもし。
人みなえあらで笑わらふやうなり。
歌主うたぬし、いと気色けしき悪しくて怨ゑず。
真似まねべども、え真似まねばず。
書かけりとも、え詠よみ据すゑへ難かたかるべし。
今日けふだにかく言いひ難かたし。
まして後のちにはいかならん。

十九日、日ひ悪しければ、舟出いださず。

廿日、昨日きのふのやうなれば、舟出いださず。
みな人ゝゝ憂うれへ嘆なけく。
苦くるしく心もとなければ、ただゝ日の経へぬる数かすを、「今日けふ幾日」、「二十日はつか」、「三十日みそか」と、数かそふれば、指およひも損そこなはれぬべし。
いとわびし。寝いも寝ねず。
二十日はつかの月出いでにけり。
山の端(葉)もなくて海の中なかよりぞ出いで来くる。
かやうなるを見てや、昔むかし、阿倍あへの仲麿といひける人は、唐土もろこしに渡わたりて、帰かへり来きける時に、舟に乗のるべき所にて、かの国くに人、馬むまのはなむけし、別わかれ惜おしみて、かしこの漢詩からうた作りなどしける。
飽あかずやありけん、二十日はつかの夜よの月出いづるまでぞありける。
その月は、海よりぞ出いでける。
これを見てぞ仲麿まろの主ぬし、「我わが国くには、かゝる哥をなん神世より神も詠よむ給たび、今いまは上かみ中下の人も、かやうに別わかれ惜おしみ、喜よろこびもあり、悲かなしびもある時には詠よむ」とて、詠よめりける歌うた、「青海原あをうなはらふりさけ見れば 春日かすかなる三笠みかさの山やまに 出いでし月かも」とぞ詠よめりける。
かの国くに人聞きき知しるまじう思おもほえたれども言ことの男文字をとこもしにさまを書かき出いだして、こゝの言葉ことは伝へたる人に言いひ知しらせければ、心をや聞きき得えたりけむ、いと思おもひの外ほかになん賞めでける。
唐土もろこしとこの国くにとは言こと異なるものなれど、月の影は同おなじことなるべければ、人の心も同おなじことにやあらん。
さて、今いま、当時そのかみを思やりてある人の詠よめる歌うた、「都みやこにて山の端はに見し月なれど浪より出いでゝ浪にこそ入いれ」

廿一日、卯うの時ばかりに舟出いだす。みな人々の舟ふね出づ。
これを見れば春の海に秋の木この葉しも散ちれるやうにぞありける。
おぼろけの願によりてにやあらむ、風も吹ふかず、好よき日出いで来きて、漕こぎ行ゆく。
この間あひたに使つかはれんとて、付つきて来くる童わらはあり。
それが歌うたふ舟唄ふなうた、
「なほこそ国くにの方は見やらるれ我わが父母ちゝはゝありとし思おもへば帰かへらや」と歌うたふぞあはれなる。
かく歌うたふを聞ききつゝ漕こぎ来くるに、黒鳥くろとりといふ鳥、岩いはの上うへに集あつまり居をり。
その岩いはのもとに浪白しろく打うち寄よす。
舵取かちとりの言いふやう、「黒くろき鳥のもとに白しろき浪を寄よす」とぞ言いふ。
その言葉ことは何とにはなけれども物言いふやうにぞ聞きこえたる。
人の程ほとに合あはねば、咎とかむるなり。
かく言いひつゝ行ゆくに、舟君ふなきみなる人、浪を見て、「国くにより始はしめて、海賊かいそく報せむ、といふなることを思おもふ上うへに海の又恐おそろしければ、頭かしらもみな白しらけぬ。七十歳なゝそち、八十歳やそちは、海にある物なりけり。我わが髪かみの雪と磯辺いそへの白浪といづれまされり沖おきつ島守しまもり舵取言へ」

廿二日、昨夜よむへの泊とまりより、異泊ことゝまりを追をひて行ゆく。
遥はるかに山見ゆ。
年とし九つばかりなる男をの童わらは、年よりは幼おさなくぞある。
この童わらは舟を漕こぐまゝに、山も行ゆく、と見ゆるを見て、あやしきこと、歌うたをぞ詠よめる。
その歌うた、
「漕こぎて行ゆく舟にて見ればあしひきの山さへ行ゆくを松まつは知しらずや」とぞ言いへる。
幼おさなき童わらはの言(事)にては、似につかはし。
今日けふ、海荒あらげにて磯いそに雪ゆき降り、浪なみの花咲さけり。
ある人の詠よめる、
「浪とのみ一ひとつに聞きけど色いろ見れば 雪ゆきと花とに紛まかひける哉」
廿三日、日照てりて曇くもりぬ。
「このわたり、海賊かいそくの恐おそりあり」と言いへば、神仏ほとけを祈いのる。

廿四日、昨日きのふの同おなじ所也。

廿五日、舵取かちとりらの、「北風きたかせ悪し」と言いへば、舟出いださず。
「海賊かいそく追ひ来く」と言いふこと、絶たえず聞きこゆ。

廿六日、まことにやあらん、「海賊かいそく追ふ」と言いへば、夜中ばかり舟を出いだして漕こぎ来くる路みちに手向たむけする所あり。
舵取かちとりして幣ぬさ奉らするに、幣ぬさの東ひんかしへ散ちれば舵取かちとりの申て奉たてまつる言ことは、「この幣ぬさの散ちる方かたに御舟みふねすみやかに漕こがしめ給たまへ」と申て奉たてまつるを聞ききて、ある女めの童わらはの詠よめる、
「わたつみの道触ちふりの神に手向たむけする 幣ぬさの追風おひかせ止まず吹ふかなん」とぞ詠よめる。
この程ほとに風のよければ舵取かちとりいたく誇ほこりて、舟ふねに帆ほ上げなど喜よろこぶ。
その音をとを聞ききて、童わらはも翁おきなもいつしかと思おもほへばにやあらん、いたく喜よろこぶ。
この中なかに淡路あはちの専女たうめといふ人の詠よめる歌うた、
「追おひ風の吹ふきぬる時は行ゆく舟も 帆手ほて打ちてこそ嬉うれしかりけれ」とぞ天気ていけのことにつけて祈いのる。

廿七日、風吹ふき浪荒あらければ、舟ふね出ださず。
これかれ、かしこく嘆なけ。
男をとこたちの漢詩からうたに、「日を望のそめば、都みやこ遠し」など言いふなる事のさまを聞ききて、ある女をんなの詠よめる、
「日をだにも天あま雲近ちかく見る物を 都みやこへと思ふ路みちの遥はるけさ」又ある人の詠よめる、
「吹風の絶たえへぬかぎりし立たち来くれば波路(なみ地)はいとど(ゝ)遥はるけかりけり」
日一日ひゝとひ、風止やまず。
爪つま弾きして寝ねぬ。
夜もすがら、雨も止やまず。
今朝けさも。

廿八日、廿九日、舟ふね出だして行ゆく。
うらゝゝと照てりて漕こぎ行ゆく。
爪つめの長なかくなるを見て、日を数かそふれば、今日けふは、子ねの日なりければ、切きらず。
正む月なれば京の子日のこと言いひ出いでゝ、「松もがな」と言いへど、海中うみなかなれば、難かたしかし。
女をんなの書かきて出いだせる歌うた、
「おぼつかな今日けふは子日か海人あまならば 海松うみまつをだに引ひかましものを」とぞ言いへる。
海うみにて子ねの日の歌うたにては、いかがゝあらん。
又ある人の詠よめる歌うた、
「今日けふなれど若菜わかなも摘つまず春日野かすかのの 我わが漕こぎ渡わたる浦うらになければ」
かく言いひつゝ漕こぎ行ゆく。
おもしろき所ところに舟を寄よせて、「こゝやいづこ」と問とひければ、「土佐とさの泊とまり」と言いひけり。
昔むかし、土佐とさと言いひける所ところに住すみける女、この舟に交ましれりけり。
そが言いひけらく、「昔むかし、し(ゝ)ばしありし所のなくひにぞあなる。
あはれ」と言いひて、詠よめる歌うた、「年ごろを住すみし所の名なにし負おへば 来寄きよる浪をもあはれとぞ見る」とぞ言いへる。

卅日、雨あめ風吹ふかず。
「海賊かいそくは夜よる歩きせざなり」と聞ききて、夜中ばかりに舟を出いだして、阿波あはの水門みとを渡わたる。
夜中なかなれば、西東ひんかしも見えず。
男をとこ女、からく神仏を祈いのりて、この水門みとを渡わたりぬ。
寅卯とらうの時ばかりに、沼島ぬしまといふ所を過すぎて、多奈川たなかはといふ所を渡わたる。
からく急いそぎて、和泉いつみの灘なたといふ所ところに到いたりぬ。
今日けふ、海に浪に似にたるものなし。
神仏の恵めくみ蒙かうふれるに似にたり。
今日けふ、舟に乗のりし日より数かそふれば、三十日みそか余り九日こゝぬかになりにけり。
今いまは和泉いつみの国くにに来きぬれば、海賊かいそく物ならず。

二月一日、朝(あした)の間(ま)、雨(あめ)降る。
午(むま)時ばかりに止(や)みぬれば、和泉(いつみ)の灘(なた)といふ所より出(い)でゝ漕(こ)ぎ行(ゆ)く。
海(うみ)の上(うへ)、昨日(きのふ)のごとくに風浪(なみ)見えず。
黒崎(くろさき)の松原(まつはら)を経(へ)て行(ゆ)く。
所の名は黒(くろ)く、松の色(いろ)は青(あお)く、磯(いそ)の浪(なみ)は雪(ゆき)のごとくに、貝(かひ)の色(いろ)は蘇芳(すはう)に、五色(しき)にいま一色(ひといろ)ぞ足(た)らぬ。
この間(あひた)に、今日(けふ)は箱(はこ)の浦(うら)といふ所より綱手(つなて)曳きて行(ゆ)く。
かく行(ゆ)く間(あひた)にある人の詠(よ)める歌(うた)、
「玉(たま)くしげ箱(はこ)の浦浪(うらなみ)立(たた)ぬ日は海(うみ)を鏡(かゝみ)とたれか見ざらむ」
又舟君(ふなきみ)の言(い)はく、「この月までなりぬること」と嘆(なけ)きて、苦(くる)しきに耐(たへ)ずして、「人も言(い)ふこと」とて心やりに言(い)へる、「曳(ひく)舟の綱手(つなて)の長(なか)き春の日を四十日(よそか)五十(いか)まで我(われ)は経(へ)にけり」
聞(き)く人の思(おも)へるやう、「なぞただ(ゝ)ことなる」とひそかに言(い)ふべし。
「舟君(ふなきみ)のからく捻(ひね)り出(い)だしてよしと思(おも)へることを。
怨(ゑじ)もこそし給(たべ)」とて、つゝめきて止(や)みぬ。
にはかに猶浪(なみ)高ければ留(とゝ)まりぬ。

二日、雨(あめ)風止(や)まず。
日一日(ひゝとひ)、夜(よ)もすがら神仏を祈(いの)る。

三日、海(うみ)の上(うへ)、昨日(きのふ)のやうなれば、舟出(いだ)さず。
風の吹(ふ)くこと止(やま)ねば、岸(きし)の浪(なみ)立ち返(か)へる。
これにつけても詠(よ)める歌(うた)、
「麻(をを)縒(より)てかひなき物は落(おち)積(つも)る 涙(なみた)の玉(たま)を抜(ぬか)ぬなりけり」
かくて、今日(けふ)暮れぬ。

四日、舵取(かちとり)、「今日(けふ)、風雲(くも)の気色(けしき)はなはだ悪(あし)」と言(い)ひて、舟(ふね)出(だ)さずなりぬ。
しかれども、終日(ひねもす)に浪(なみ)風立(た)たず。
この舵取(かちとり)は、日もえ計(はか)らぬ かたゐなりけり。
この泊(とまり)の浜(はま)には種(くさくさ)のうるはしき貝(かひ)石など多(おほ)かり。
かゝれば、ただ(ゝ)昔(むかし)の人を恋(こひ)つゝ舟(ふね)なる人の詠(よ)める、
「寄(よ)する浪打(うち)も寄(よせ)なん我(わが)恋(こふ)る 人(ひと)忘れ貝(かひ)下りて拾(ひろ)はむ」と言(い)へば、ある人(ひと)耐へずして、舟の心やりに詠(よ)める、「忘貝かひ拾ひしもせじ白玉(しらたま)を 恋(こふ)るをだにも かたみと思(おも)はん」となん言(い)へる。
女子このためには、親(おや)幼くなりぬべし。
「珠(たま)ならずもありけんを」
人言(い)はむや。
されども、「死(し)し子(こ)、顔(かほ)よかりき」と言(い)ふやうもあり。
なほ同(おな)じ所に、日を経(ふ)ることを嘆(なけ)きて、ある女(をんな)の詠(よ)める歌(うた)、
「手(て)を漬(ひ)てゝ寒(さむ)さも知(し)らぬ泉(いつみ)にぞ 汲(く)むとはなしに日ごろ経(へ)にける」

五日、今日(けふ)からくして和泉(いつみ)の灘(なた)より小津(をつ)の泊(とまり)を追(を)ふ。
松原(まつはら)、目(め)もはるばるなり。
これかれ、苦(くる)しければ、詠(よ)める歌(うた)、
「行(ゆ)けど猶行やられぬは妹(いも)か績(う)む 小津(をつ)の浦(うら)なる岸(きし)の松原(まつはら)」
かく言(い)ひ続(つゝ)くる程(ほと)に、「舟とく漕(こ)げ。日のよきに」と、催(もよほ)せば、舵取(かちとり)、舟子(ふなこ)どもに言(い)はく、「御(み)舟よりおほせ給(たぶ)なり。朝北(あさきた)の出(い)で来(こ)ぬ先(さき)に、綱手(つなて)はや曳(ひ)け」と言(い)ふ。
この言葉(ことは)の歌(うた)のやうなるは、舵取(かちとり)のおをのづからの言葉(ことは)なり。
舵取(かちとり)は、うつたへに、我(われ)、歌(うた)のやうなること言(い)ふとにもあらず。
聞(き)く人の、「あやしく歌(うた)めきても言(い)ひつるかな」とて、書(か)き出(い)だせれば、げに三十文字(みそもし)余りなりけり。
「今日(けふ)、浪(な)立(た)ちそ」と人々終日(ひねもす)に祈(いのる)しるしありて、風浪(なみ)、立(た)たず。
今(いま)し、鴎かもめ群れゐて、遊あそぶ所あり。
京の近(ちか)づく喜(よろこび)のあまりに、ある童(わらは)の詠(よ)める歌(うた)、
「祈(いのり)来(く)る風間(かさま)と思もふをあやなくも 鴎(かもめ)さへだに浪(なみ)と見ゆらん」と言(い)ひて行(ゆ)く間(あひた)に、いしつと言(い)ふ所(ところ)の松原(はら)おもしろくて、浜辺(はま)へ遠し。
又住吉(すみよし)のわたりを漕(こ)ぎ行(ゆ)く。
ある人の詠(よ)める歌(うた)、
「今いま見てぞ身をも知しりぬる住の江えの松より先さきに我われは経へにけり」
こゝに昔むかしへ人ひとの母は(ゝ)一人片時も忘わすれねば詠よめる、
「住吉すみのえに舟さし寄よせよ忘草しるしありやと摘つみて行ゆくべく」となん。
うつたへに忘わすれなむとにはあらで、恋こひしき心地ちしばし休やすめて、又も恋こふる力ちからにせむとなるべし。
かく言いひて、眺なかめつゝ来くる間あひたに、ゆくりなく風吹ふきて漕こげども漕げども、後方しりへ退きに退しそきて、ほとほとしくうちはめつべし。
舵取かちとりの言いはく、「この住吉の明神は、例れいの神ぞかし。欲ほしき物ぞおはすらん」とは、今いまめくものか。
さて、「幣ぬさを奉たてまつり給たまへ」と言いふ。
言いふに従したかひて、幣ぬさ奉る。
かく奉たいまつれど、もはら風止やまで、いや吹ふきに、いや立たちに、風かせ浪の危あやふければ、舵取かちとり又言いはく、「幣ぬさには御み心の行いかねば、御舟みふねも行ゆかぬなめり。
なほ、嬉うれしと思おもひ給たぶべき物奉たいまつり給たべ」と言いふ。
また言いふに従したかひて、「いかが(ゝ)はせむ」とて、「眼まなこもこそ二ふたつあれ、ただ(ゝ)一ひとつある鏡かゝみを奉たいまつる」とて、海うみにうちはめつれば、口惜くちをし。
されば、うちつけに、海うみは鏡かゝみの面おもてのごとなりぬれば、ある人の詠よめる歌うた、
「ちはやぶる神の心の荒あるゝ海に 鏡かゝみを入いれてかつ見みつるかな」
いたく、住すみの江、忘わすれ草くさ、岸きしの姫松ひめまつなどいふ神にはあらずかし。
目めもうつらゝゝ、鏡かゝみに神の心こゝろをこそは見つれ。
舵取かちとりの心は神のみ心なり。

六日、澪標みをつくしのもとより出いでゝ、難波なには着きて、河尻かはしりに入いる。
みなみな人ひとびと女をんな、翁おきな、額ひたひに手てを当あてゝ、喜よろこぶこと、二ふたつなし。
かの舟酔ふなゑひの淡路あはちの島しまの大おほい御こ、「都みやこ近くなりぬ」と言いふを喜よろこびて、舟底ふなそこより頭かしらをもたげ、かくぞ言いへる。
「いつしかといぶせかりつる難波潟なにはかた 葦あし漕ぎ退そけて御み舟来きにけり」
いと思おもひの外ほかなる人の言いへれば、人ひとびとあやしがる。
これが中なかに、心地こゝち悩む舟君ふなきみ、いたく賞めでゝ、「舟酔ふなゑひし給たうべりし御顔みかほには、似にずもあるかな」と言いひける。

七日、今日(けふ)、河尻(しり)に舟入(い)り立(た)ちて、漕(こ)ぎ上(のほ)るに、河の水乾(ひ)て、悩(なや(みわづらふ。
舟の上(のほ)ること、いとかたし。
かゝる間(あひた)に舟君(ふなきみ)の病者、もとよりこちゝゝしき人にて、かうやうのこと、さらに知(しら)ざりけり。
かゝれども、淡路(あはち)専女の歌(うた)に、賞(め)でゝ都(みやこ)誇りにもやあらん、からくしてあやしき歌(うた)捻り出(い)だせり。
その歌(うた)は、
「来(き)と来(き)ては河上(のほり)地の水を浅(あさ)み舟も我(わが)身もなづむ今日(けふ)かな」
これは病(やまひ)をすれば詠(よ)めるなるべし。
一歌(ひとうた)にことの飽(あか)ねば、今一(いまひとつ)、
「とくと思ふ舟悩(なやま)すは我(わ)がために 水(みつ)の心の浅(あさ)きなりけり」
この歌(うた)は都(みやこ)近くなりぬる喜(よろこ)びに耐(たへ)ずして、言(い)へるなるべし。
「淡路(あはち)の御この歌(うた)に劣(おと)れり。嫉(ねた)き。言(い)はざらましものを」と、悔(くや)しがるうちに、夜(よる)になりて寝(ね)にけり。

八日、なほ、河上(のほ)りになづみて、鳥飼(とりかひ)の御牧(みまき)といふほとりに泊(とま)る。
今宵(こよひ)、舟君(ふなきみ)、例(れい)の病(やまひ)おこりていたく悩(なや)む。
ある人(ひと)、鮮(あさら)かなる物(もの)持て来(き)たり。
米(よね)して返(ごと)す。
男(をとこ)どもひそかに言(い)ふなり。
「飯粒(いひ)ほしてもつ釣(つ)る」とや。
かうやうのこと、所々にあり。
今日(けふ)節忌すれば、魚(い)を不用。

九日、心もとなさに、明(あけ)ぬから、舟を曳(ひき)つゝ上(のほ)れども、河の水なければ、ゐざりにのみぞゐざる。
この間(あひた)にわだの泊(とまり)のあかれの所といふ所(ところ)あり。
米(よね)、魚(い)をなど乞(こ)へば、行(をこな)ひつ。
かくて舟曳(ひ)き上(のほ)るに、渚(なきさ)の院といふ所を見(み)つゝ行(ゆ)く。
その院、昔(むかし)を思やりて見(み)れば、おもしろかりける所也。
後方(しりへ)なる岡(をか)には、松の木どもあり。
中(なか)の庭(には)には、梅(むめ)の花(はな)咲けり。
こゝに、人(ひと)びとの言(い)はく、「これ、昔(むかし)、名高)なた)かく聞(きこ)えへたる所也。故惟喬(これたか)の親王(みこ)の御供(おほんとも)に、故在原(ありはら)の業平(なりひら)の中将の、 『世(よ)の中(なか)に絶(たえ)へて桜(さくら)の咲(さか)ざらば春(はる)の心(こゝろ)はのどけからまし』といふ歌(うた)詠める所(ところ)なりけり」
今(いま)、今日(けふ)ある人ひと、所に似(に)たる歌(うた)詠めり。
「千代(ちよ)経たる松にはあれど古(いにしへ)の 声(こゑ)の寒(さむさ)は変(かはら)ざりけり」
又、ある人の詠(よ)める、
「君(きみ)恋ひて世を経(ふ)る宿(やと)の梅花 昔(むかし)の香(か)にぞ猶匂(にほひ)ける」と、言(いひ)つゝぞ、都(みやこ)の近(ちか)づくを喜(よろこび)つゝ上(のほ)る。
かく上(のほ)る人々の中(なか)に、京より下(くた)りし時に、みな人子どもなかりき、到(いた)れりし国(くに)にてぞ、子生(うめ)る者(物)どもありあへる。
人(みな)、舟の泊(とまる)所(ところ)に子を抱(いた)きつゝ降(お)り乗(のり)す。
これを見て、昔(むかし)の子(こ)の母(はゝ)、悲(かなし)きに耐(たへ)ずして、「なかりしも有つゝ帰(かへ)る人の子をありしもなくて来(く)るが悲(かな)しさ」と言(い)ひてぞ泣(な)きける。
父(ちゝ)もこれを聞(き)きて、いかが(ゝ)あらん。
かうやうのことも歌(うた)も、好(この)むとてあるにもあらざるべし。
唐土(もろこし)もこゝも、思ふことに耐たへぬ時のわざとか。
今宵こよひ、鵜殿うとのといふ所ところに泊とまる。

十日、障さはることありて上のほらず。

十一日、雨(あめ)いさゝかに降(ふ)りて止(や)みぬ。
かくて、さし上(のほ)るに、東の方に、山の横(よこ)ほれるを見て、人に問(と)へば、「八幡(やはた)の宮」と言(い)ふ。
これを聞(き)きて喜(よろこ)びて人々拝(をか)み奉(たて)まつる。
山崎(さき)の橋(はし)見ゆ。
嬉(うれし)きことかぎりなし。
こゝに相応寺のほとりに、しばし舟を留とゝめて、とかく定(さた)むることあり。
この寺(てら)の岸(きし)ほとりに、柳多(おほ)くあり。
ある人この柳(やなき)の影(かけ)の河の底(そこ)に映(うつ)れるを見(み)て詠(よ)める歌(うた)、
「さざ(ゝ)れ浪 寄(よ)する綾(あや)をば 青柳(あをやき)の 影(かけ)の糸(いと)して織(を)るかとぞ見る」

十二日、山崎(さき)にあり。

十三日、なほ山崎(さき)に。

十四日、雨(あめ)降る。
今日(けふ)、車(くるま)、京へ取(とり)にやる。

十五日、今日(けふ)、車(くるま)率て来(き)たり。
舟のむつかしさに、舟(ふね)より人の家に移(うつ)る。
この人の家、喜(よろこ)べるやうにて供応(あるし)したり。
この主人(あるし)の、また供応(あるし)のよきを見るに、うたて思(おも)ほゆ。
色いろいろに返(かへ)りごとす。
家の人の出(い)で入(い)り、にくげならず、ゐやゝかなり。

十六日、今日(けふ)の夜(よ)うさつかた、京へ上(の)ほる。
ついでに見れば、山崎(やまさき)の小櫃(こひつ)の絵(ゑ)も、まがりの大鉤(おほち)の像(かた)も、変(かは)らざりけり。
「売(うり)人(ひと)の心(こゝろ)をぞ知(し)らぬ」とぞ言(い)ふなる。
かくて、京へ行(い)くに、島坂(しまさか)にて、人(ひと)、供応(あるし)したり。
必(かならず)しもあるまじきわざなり。
発(た)ちて行(ゆき)し時よりは、帰(かへ)る時ぞ人はとかくありける。
これにも返(かへ)り事(こと)す。
夜(よる)になして、京には入(い)らん、と思(おも)へば、急(いそ)ぎしもせぬ程(ほと)に、月出(い)でぬ。
桂河、月の明(あか)きにぞ渡(わた)る。
人々の言(い)はく、人々の言(い)はく、「この河、飛鳥(あすか)河にあらねば、淵瀬()ふちせさらに変(かは)らざりけり」と言(い)ひて、ある人の詠(よ)める歌(うた)、
「久方の月に生(おひ)たる桂河(かつらかは) 底(そこ)なる影(かけ)も変(かは)らざりけり」
又、ある人の言(い)へる、「天雲(あまくも)の遥(はる)かなりつる桂河袖(そて)を漬(ひで)ゝも渡(わた)りぬるかな」
又、ある人、詠(よ)めり。
「桂河我(わが)心にも通(かよ)はねど同(おな)じ深(ふか)さに流(なか)るべらなり」
京の嬉(うれし)きあまりに、哥もあまりぞ多(おほ)かる。
夜更(ふ)けて、所々も見(み)えへず。
京に入(い)りたちて嬉(うれ)し。
家に到(いた)りて、門(かと)に入(い)るに、月明(あか)ければ、いとよく有様(ありさま)見ゆ。
聞(き)きしよりもまして、言(い)ふかひなくぞ毀(こほ)れ破(やふ)れたる。
家(いへ)に預(あつ)けたりつる人の心も荒(あれ)たるなりけり。
中垣(なかゝき)こそあれ、一(ひとつ)家(いへ)のやうなれば、望(のそみ)て預(あつか)れる也。
さるは、便(たより)ごとに物(もの)は絶(たえ)へず得(え)させたり。
今宵(こよひ)、「かゝること」と、声高(こわたか)に物(もの)も言(い)はせず。
いとはつらく見(み)ゆれど、心ざしはせむとす。
さて、池(いけ)めいて窪(くほ)まり水(みつ)漬ける所あり。
ほとりに松もありき。
五年(いつとせ)六年のうちに、千年とせや過(す)ぎにけん、片方(かた)へはなくなりにけり。
今(いま)生ひたるぞ交(まし)れる。
大方(おほかた)のみな荒(あれ)にたれば、「あはれ」とぞ、人々言(い)ふ。
思(おもひ)出(い)でぬことなく、思(おもひ)恋(こひ)しきがうちに、この家(いへ)にて生(うま)れし をんな このもろともに帰(かへ)らねば、いかが(ゝ)は悲(かな)しき。
舟(ふな)人もみな子(こ)たかりてのゝしる。
かゝるうちに、なほ悲(かなし)きに耐(た)へずして、ひそかに心知(し)れる人々言(い)へりける歌(うた)、
「生(むま)れしも帰(かへ)らぬ物を我(わが)宿(やと)に 小松(こまつ)のあるを見(み)るが悲(かな)しさ」
なほ、飽(あか)ずやあらむ、又、かくなん。
「見(み)し人の松の千歳(ちとせ)に見(み)ましかば 遠(とほ)く悲(かな)しき別(わか)れせましや」
忘(わすれ)がたく口惜(くちを)しきこと多(おほ)かれど、え尽(つく)さず。
とまれかうまれ、とく破(やり)てん。

(雁註)定家本と他の本と、かなり違うようである。意味不明の語句も多々ある。漢字の読みに括弧を付したが、一部だけである。流石に短編とはいえ、かなりの量がある。



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