浮世絵学04/外題(北齋漫画1/初編)1814北齋/北齋漫画 酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂)http://www.ukiyo-e.co.jp/20319
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1982-04-25現在(2018-09-12更新) [浮世絵学]   http://www.ukiyo-e.co.jp/20319

酒井雁高 浮世絵・酒井好古堂主人、学芸員 

SAKAI_gankow,  curator,  professional adviser of ukiyo-e

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初版、

北齋漫画(初編) 題簽に「初編」と刻記されていない。当初、単に一冊だけ刊行するつもりだった。

元題簽(だいせん)は、「傳神開手」の角書(つのがき)がある。

元表紙(元装丁)は、丹色で、「七寶繋」(しっぽうつなぎ)の正面摺が施されている。

初版は、永楽屋東四郎単独で刊行している。

思いの他、好評で、以後、題簽に「二編」「三編」… と刻記している。墨僊、北雲が校合をしている。

◯この初編は、明治期の吉川半七版である。版木は江戸期のもので、墨と薄墨、代赭色(たいしゃ)と薄代赭色の数度の手間を掛けている。充分、北齋の醍醐味を満喫できる。

*第一冊(初編)だけ「北齋」(ほくさゐ)落款二編以降は「戴斗」(たいと)落款。名古屋の「墨僊」、「北雲」が校合。

なお墨僊(ぼくせん)は武士で、しかも北齋の後援者。武家と付き合いがあるということは、北齋自身も武家であったに違いない。1810前年秋から、北齋は名古屋の墨僊宅に逗留し、三百餘(雁高註、序文による)枚の画稿を描いた。墨僊(北亭)、北雲らが、それらの画稿を校合して整版した。

従って、本来、書名は「北齋漫画」は一冊目(初編)だけで、それ以外は「戴斗(たいと)漫画」である。

*二編以降、「北溪」、「北泉」が「東都画行工 校合」として戴斗落款の後に、刻記されている。

1814 初編*   文化11  1814  55才     北齋   *当初、編数の表記なし
1815 二、三編  文化12  1815  56歳     戴斗 *前北齋(さきのほくさゐ)戴斗
1816 四、五編  文化13  1816  57歳     戴斗
1817 六、七編  文化14  1817  58歳     戴斗
1817 八編    文化14  1817  58歳     戴斗
 *1818文化15=文政1.04.22改元 1818  59歳
1819 九、十編     文政2   1819   60歳      戴斗

なお北齋は十編まで編輯し、それ以降、つまり十一編から十五編は直接、関与していない。

丁数(ちょうすう):画面左下の漢数字は、原本の丁数を示している。

(初編 半洲散人題) *初版、序文巻頭「傳神開手序」、末尾「文化壬申陽月 尾府下」。

後版では削除。末尾「文化壬申陽月 尾府下」の文字を削除

(傳神開手序)

喜怒哀楽の面にあらはれ、形にあふるゝ者は更なり。

山川草木おのおの其性あり。鳥獣蟲魚みな其神有て、

見て喜ぶべく、樂むべき者あまたなれど、境かはり、時

うつれば、則ゆきぬ。若その喜ぶべく樂むべきものゝ

情形を、多歳の後、千里外に傳むと言せば、何を以

かせんや。畫は傳神の具也。然れども其畫、妙に入にあら

ざれば、亦其神を傳ふる事あたはず。北齋翁の畫に

おけるは、世の知る所也。今秋、翁たまたま西遊して我

府下に留り、月光亭墨仙と一見得て、驩(よろこび)はなはだ

し頃、亭中に於て品物三百餘図をうつす。仙佛士女より

初て鳥獣草木にいたるまで、そなはらざることなく、筆

はふ(省)いて神なせり。先、近世の畫家、眞をうつす者ハ必風致に

乏しく、意を畫く者は或ハ檢格なし。その図する所、疎淡に

して明整式あり、韻あり、物々御生動せむと欲す。喜ぶべく

樂むべし。嗚呼、たれかよくこれに加へむ。眞に畫を

学ぶものゝ開手となすべきかな。如夫題する

に漫画を以てせるは、翁のミつからいへるなり。

(文化壬申陽月    尾府下)    半洲散人題   *文化壬申(文化9)(1812)

(雁註)この半洲散人という人物は、伝記不明。墨僊叢畫の序文も書いている。

◯なお、墨僊(1775-1824)(50)は、北齋の弟子であると同時に支援者であった。しかも武士であった。身分制度が厳しい時代、武士の墨僊と付き合えたのは、北齋が武士だったからに違いない。北雲は北雲漫画があるだけで、あまり作品はない。しかし挿絵は上手で、本書も北雲が主体的に校合をしていた可能性がある。

初版は永樂屋東四郎単独で刊行している。

「東都畫工     葛飾北齋筆 [雷震]

                         尾陽名古屋    校  門人 北亭墨僊[墨][僊]

                                        東南西北雲[北雲]

                         文化十一甲戌孟春

                             書林   尾州名屋本町七丁目

                                    永樂屋東四郎」

◯その直後、「江戸の英屋平吉、竹川藤兵衛、角丸屋甚助」を挿入し、改刻している。

何か御気付きの点があれば、御教示ねがいたい。

酒井 雁高(がんこう) 学芸員 curator 
SAKAI_gankow,  curator,  professional adviser
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電話03-3591-4678 Fax03-3591-4678

(雁註)後版は、序文末「文化壬申陽月 尾府下」を削除。

初版、各図の説明は無い。後、画題の説明を追加した。確かに、説明がないと画題が分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

十一

 

 

十二

 

十三

 

十四

 

十五

 

十六

 

十七

 

十八

 

十九

 


二十

 

廿一

 

廿二

 

廿三

 

廿四

 

廿五

 

廿六

廿六ウ

第一册(一編)跋  永楽屋単独の初版は極めて少ない。

東都畫工     葛飾 北斎筆[雷震]

尾陽名古屋    校 門人 北亭墨僊[墨][僊]

東南西北雲[北雲]

文化十一甲戌孟春

書林

尾州名古屋本町七丁目

永楽屋東四郎

後版

後版は永樂屋東四郎を含む四書肆の合版で刊行している。

「東都畫工     葛飾北齋筆 [雷震]

尾陽名古屋    校  門人 北亭墨僊[墨][僊]

ー              東南西北雲[北雲]

文化十一甲戌孟春

_                                     江戸本石町十軒店   英屋平吉

_                                     同 日本橋四日市   竹川藤兵衛

書林                                同 麹町平川町    角丸屋甚助

_                                      尾州名古屋本町七丁目 永樂屋東四郎[東壁堂藏]

 

何か御気付きの点があれば御教示ください。

酒井 雁高(がんこう) 浮世絵・酒井好古堂主人 学芸員 curator 

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