浮世絵学00/K. Govier published her novel “Ghost Brush” in Japanese translation 2015-06-25現在 酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂主人)   [HP: ukiyo-e.co.jp]
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2015-07-16現在

酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂主人) [HP: ukiyo-e.co.jp]

◯三女・栄(醉、ゑい)が南澤等明に嫁ぐ(父・北齋の喜び)披露目 1831c(天保初年)

ukiyo-e.co.jp   酒井雁高(酒井好古堂主人)

2014.06.21記述 なお、本図は財団法人日本浮世絵博物館藏。確か海外にも、一点ある。

本図に関して、1991酒井雁高/北齋図録(秋田市立千秋美術館)で紹介したが、誤認であったので、今回、再度、纏め直した。

IMG - バージョン 3

1991北齋図録(秋田市立千秋美術館ほか)、図版101の解説で、「重信に嫁ぐと」誤認をした。重信に嫁いだのは長女である。ここで訂正しておく。

三女(榮)は南澤等明に嫁いで、その後、(離縁されたか)実家へ戻っている。

1833英泉/无名翁随筆によると、

女子 榮女(割書)画ヲ善ス。父に随テ、今専画師ヲナス。名手ナリ。

この記述は、本図が発行された直後であったと考えられる。

浮世絵学に沿って、

1 落款:自画讃

 *この落款のため、今まで特定することが出来なかったが、讃を見れば「自画讃」、つまり北齋自身の讃であることが分かる。

2 刊年:天保初年(1831c)

 *1833英泉の記述は、「出戻った」意であるから、本図は、その直前(1832)以前と推定できる。

3 判型形態:角版(摺物)

4 外題:(漁師、浜辺の岩に腰掛ける)

5 版元:摺物(私的に配布した版画)

6 讃が二つある。

 此春は 月のかつらを おるばかり 酔(ゑい)

 *栄(酔)が相手を見付け、科挙試験に合格した意。栄は酒を嗜んだが身持ちは確りしていたという。

 はま砂に 面(つら)めづらしき 嫁菜かな 万字(まんじ)

*面(つら)めづらしき、これは栄の顎(あご)が張っていて、北齋が「あごあご」と呼んでいた日常を表す。

父親の喜びが、この川柳に出ている。万字は北齋の川柳号で、文政6から天保4(1823-1833)まで俳諧柳多留(やなぎだる)に頻出する。

自画讃、自画像であるから、北齋の顔は、英泉が描いたと同様、丸い顔で、チョビ髭を生やしていたことも分かる。

冨嶽三十六景に、北齋自身の正面向きの同様の丸い顔が刻記されている。

 

カナダの著名な作家、Katharine GOVIER氏が、北齋と應爲 ゴースト・ブラッシュ(上下二冊、彩流社)を日本語に翻訳し出版した。

Katharine GOVIER at Pellini Top in Tokyo

IMG_0006 - バージョン 2

翻訳は、トロント大学のゴヴィエー女史の生徒・モーゲンスタン陽子氏である。ゴースト・ライターという言葉は従来からあるが、ゴースト・ブラッシュという言葉は、無かった。

しかし、実際のところ、65歳以上になると、個人差はあっても、眼の視力が衰えてくる。北齋も例外では無かったに違いない。

南斉謝赫(しゃかく)『古画品録』を引用するまでもなく、

  • 気韻生動:迫真的な気品を感じ取ることが可能であること。
  • 骨法用筆:明確な描線で対象を的確にあらわすこと。
  • 応物象形:対象の形体を的確にあらわすこと。
  • 随類賦彩:対象の色彩を的確にあらわすこと。
  • 経営位置:画面の構成。
  • 伝移模写:古画を模写すること。

精細な賦彩は、老齢では出来なかったと思われる。

北齋に限らず、誰でも、助手が替わって賦彩(ふさい)をしたに違いない。

いわば、本人は監督であって、 骨法用筆、応物象形、経営位置を布置するが、実際の彩色は助手らが担当した。

これがゴースト・ブラッシュ。美術史でいう、いわゆる工房作という範疇に入る。

ミケランジェロ・ブオナロティの描いた世界最大級のシスチーナ礼拝堂の天井絵、むろん彼一人で描いたものではない。

多くの弟子が助っ人で、協力して描いたものである。

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2014.06.23  酒井雁高(酒井好古堂主人)

◯GOVIER女史の上下二冊本の表紙は、恐らく應爲唯一の肉筆画であると思う。

1847女重宝記*(高井蘭山著)に應爲の署名がある。 *元禄期の往来物とは別。

「かつしか 應ゐ醉女筆」と落款があり、肉筆の落款と崩し、醉女筆まで同様である。

これは、数少ない應爲の刻記された落款ということになる。

とすると、三曲合奏の肉筆は、1847前後に描かれたと考えて良い。

腮(あご)の四角張った娘であった。

濱砂に 面(つら)珍しき 嫁菜かな



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