浮世絵学01/落款(グワルチェリ)1586グワルチェリ(1560-1636) 1933木下杢太郎(訳)(1885-1945)/日本遣欧使者記(1586グワルチェリ)、岩波書店 http://www.ukiyo-e.co.jp/42038
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1982-05-25現在(2019-09-17更新)  ✓検索 浮世絵学 ◯◯  http://www.ukiyo-e.co.jp/42038
酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂主人)   http://www.ukiyo-e.co.jp
SAKAI_gankow,  curator,  professional adviser of ukiyo-e
Sakai Kohkodou Gallery, the oldest gallery of ukiyo-e in Japan  

◯1586グワルチェリ(1560-1636)/Relationi della venvta degli ambascia-tori giaponesi, Roma

(雁註)天正遣欧使節 GUALTIERI, Guido/“Relationi della venuta degli ambasciatori giaponesi “
Venetia : 1586  初版はRoma *外国の地名、人名をカタカナにするのは、抑揚、高低、強弱があり、至難の技。

◯1929木下杢太郎/えすぱにあ ぽるつがる記  酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂主人) http://www.ukiyo-e.co.jp/42227

◯1933木下杢太郎(訳)(1885-1945)/日本遣欧使者記(1586グワルチェリ)、岩波書店 http://www.ukiyo-e.co.jp/42038

1582.02(天正1.01)ヴァリニャーノは九州三侯の少年をヨーロッパへ派遣。

1583ゴア到着。ヴァリニャーノは当地に止まる。ディエゴ・デ・メスキータが使節を指導

1584.08リスボン到着。スペイン国王フェリペ二世が謁見。イタリアへトスカーナ。

1585.03.23法王グレゴリウス13世が引見。法王シスト5世も援助。

*スペイン、ポルトガルを経て、インドでヴァリニャーノに再会。

*マカオで、豊臣秀吉がバテレン禁止令を発した。

1590.07(天正18.06)長崎着。

1591.03(閏01)聚楽第で、秀吉に拝謁。

◯ヴァリニャーノ(1539-1606)

1579(天正7)日本に赴任

1582.02(天正1.01)長崎を離れる直前、日本の少年使節をヨーロッパへ派遣

1590帰国する少年使節に活字印刷機を携えさせた(キリシタン版)

1598(慶長3)-1603(慶長8)三度目の来日

1606.01.20マカオで病没

◯天正遣欧使節 使節の目的、往路、復路を伊太利亜の僧侶らが、詳細に記録。この記録の典拠は何処から得たか。

1586グワルチェリ(1560-1636)/天正遣欧使者記   *デ・サンデの天正遣欧使節記は、4年後に刊行

*1933木下杢太郞(訳)/日本遣欧使者記(1586グワルチェリ)

1590デ・サンデ(1547-1599)/天正遣欧使節記

*1969泉井久之助ほか(訳)/天正遣欧使節記、雄松堂

 

目次

尊師カルヂナレ・アッツオリノ台下に上る

ジョアンネス・カルガの日本使者の恙なく其祖國に帰るを送る辞

第一章 日本の國及び其民の風俗の事

第二章 使者たちの羅馬に来れる理由の事

第三章 日本◯◯よりゴア着到までの事

第四章 ポルトガルまでの航海の事

第五章 リスボナ入市の次第、附ポルトガルロ國滞留の事

第六章 イスパニアの旅の事

第七章 伊太利亜着到の事、並にフィオレンツア國通過の事

第七章 羅馬の旅の事、並に歓迎の次第

第八章 ぱつぱシストオ五選挙の後の事ども

第九章 ロレトオ及びボロニヤの旅の事

第十章 フェララに於ける歓迎の事

第十一章 ヱネチアに於ける歓迎の事

第十二章 マントワの國の事

第十三章 ミラノ及びジェノワの國々の事

第十四章 リスボアへの旅と印度へ發向の事

第十五章 彼等が様體並に服装の事

日本おらどるすの爲めに開かれたる枢機員會の事

日本の二王一侯よりぱつぱグレゴリオ十三世に奉れる書翰

・豊後の王ドン・フランシスコより

・有馬の王ドン・プロタジオより

・大村侯ドン・バルトロメオより

帰依のおらしよ

日本おらどるすに對する答辞

聖主シストオ五の日本諸侯に與へたまへる返簡

・豊後の王フランチェスコに

・有馬のドン・プロタジオに

・大村侯ドン・バルトロメオに

(雁註)日本銀行の消印がある。誰も読まなかったのだろう。

.

1586GUALTIELRI/RELATIONI DELLA VENVTA DEGLI AMBRASCIATORI GIAPONESI …, Roma

*イエズス会は、宗教団体を隠れ蓑にした武力軍隊であった。秀吉に対抗して、フィリピンのスペイン艦隊が、キリシタン大名を中心に、九州、四国を征服することを企んでいた。

ガスパール・コレリョ(1530-1590) は多くの日本人を奴隷として売買していた。コレリョは、秀吉に対して、日本人が売るから買ったと弁明していた。博多のフスタ軍船の下に、鎖に繋がれた多くの日本人がいた。ポルトガル人司教らは、日本人を奴隷として海外へ売っていた。コレリョは、その奴隷船を博多で秀吉に見せた。

1587(天正15)秀吉は、すぐバテレン禁止令を発令した。

ヴァリニャーノ、オルガンティノによると、コレリョの挑発的な行為が禁止令に繋がった。

1590ヴァリニャーノは、コレリョが準備した武器・弾薬を総て売り払い、日本で処分するのが不適当な大砲はマカオに送った。

◯1977高瀬弘一郎/キリシタン時代の研究、岩波書店

*キリシタン宣教師の軍事征服

*ヴァチカン文書で、キリスト教が布教を尖兵として、他国を植民地、奴隷化する手段を取っていた。現在、都合が悪いので、非公開である。

何か御気付きの点があれば御教示ください。
酒井 雁高(がんこう) 浮世絵・酒井好古堂主人 学芸員 curator 
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