浮世絵学11/神田明神御祭禮 2015-05-09、05-10 淡路町二町目  酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂主人) [HP: ukiyo-e.co.jp]
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子供の頃は、神輿を担いで、明神さままで宮入した。現在、高僧ビルになり、冠婚葬祭など、殆ど、事実上、出来なくなってしまった。迎え火、送り火など、うっかりドアで火を焚けば、スプリンクラーが作動する。徐々に宗教儀礼も、科学の発展とともに、旧弊なものとなりつつある。ただ、祭礼だけは、お祭り気分ということになるのだろう。ビール、牛丼を御馳走になる。いよいよ、今日が最終日。

父(酒井藤吉)や母(酒井十九子)の話では、淡路町二町目の上が駿河台。1891年、日本ハリストス正教会復活大聖堂、つまりニコライ堂が建設された。流石にアメリカ空軍も十字架に爆弾を落とせなかったので、この辺りが、昔の木造のまま遺った。ニコライ堂は、駿河台に聳える壮大な建築物であったが、現在は、御覧のようにビルの谷間にひっそりと佇んでいる。

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大きな震災でもあれば、全滅するということで、町内が一丸となって、再開発(42階建て、地下2階)を推進した。大成建設が550億円で請負った。建設竣工まで4-5年、掛かったように思う。高僧ビルのプレハブ、これが大都会の集合住宅。無論、ドアの出入り口で迎え火、送り火など炊く事は出来ない。

 

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     (左より)中島さん、大久保さん

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 神田明神、スチャラカチャン。

 神田明神、とんだ用心。(地口)

 

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      丁度、呉(くれ)町会長がいらしたので、スナップ。今日が最後、もうすぐ宮入。淡二(アワニ)

 神田明神は大己貴(おおなむち)命、少彦名(すくなひこ)命を祀っている。命(みこと)は神社でも仏教でもなく、もともと道教で最上の神を称した。社稷(しゃしょく)というように、もともと神社は農業神が御神体である。神田明神は、730年の創祀と伝えられている。しかし、一般には、平将門を祀ったことで知られている。平将門(たいらのまさかど)(? -940)は平安中期の武将である。下総猿島(さしま)に王城を築き、平親王と称した。当時、奈良王朝は、あちこちに擁立された武門集団を次々と倒した。平貞盛、藤原秀郷に攻められ、敗死した。将門の首塚というのがある。奈良王朝は、大量殺戮の結果、将門らの祟り(たたり)を恐れて、祀ったのであろう。神というより実在の人物を封じ込めたのである。法隆寺が聖徳太子(574-622)を封じ込めたのと軌を一にしている。聖徳太子は、九州王朝、それも隼人出身であったので、奈良王朝は聖徳太子一族全員を抹殺した。その祟りを恐れて、法隆寺に封じ込めたのである。救世観音は、聖徳太子の実像という。驚いたことに頭に支柱を刺し通してある。

何かお気づきの点があれば、御教示ねがいたい。

酒井 雁高(がんこう) 学芸員 curator

浮世絵・酒井好古堂   [HP: ukiyo-e.co.jp]

文化藝術懇話会    浮世絵鑑定家

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電話03-3591-4678 Fax03-3591-4678



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