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◇日本浮世絵博物館/日本浮世絵学会/JUM友の会について 財団法人日本浮世絵博物館の浮世絵収集は、酒井家6代目・酒井平助義明(よしあき、通 称・平助)(1776-1842)に始まります。 七代目・義好(よしたか、通称・利兵衛)(1810-69)は寛政の頃(1790年代)、信州・松本でも有数の豪商となり、本町四丁目に間口二十一間、奥行三十二間の店舗を構え、干支蔵(えとぐら)と称する十二棟の土蔵を持っていました。また義好は紙などを扱う問屋業の傍ら、書画骨董を愛する文化人でもあり、北斎、廣重などの文人墨客らと交誼を結んでいます。 狂歌名を松園千鶴(まつぞのちづる)といい翠陰舎(すいいんしゃ)と号しました。義好は佐久間象山(1811-64)と親交があり、一歳年下の象山から「好古堂」の書斎号を貰っています。義好の絵姿は、東海道五十三次で有名な歌川廣重によって、天保七年五月(1836)A狂歌堂真顔遺構、竹内真葛撰「百人一首鐘聲抄」に描かれています。 八代目・藤兵衛(1844-1911)は、明治三年、東京神田淡路町(原罪の店舗は東京有楽町帝国ホテルタワー前)に、酒井好古堂を創立し、浮世絵の鑑定、復刻事業をしました。 九代目・庄吉(1878-1942)は、学会誌「浮世絵」(全55冊)などを創刊し、浮世絵の学問的な研究を行ない、多くの研究者・鑑定家を育成しました。 十代目・藤吉(1915-93)は、日本国内はもとより、海外でも独力、五十四回に及ぶ浮世絵展覧会を開催し、国際文化交流に貢献しました。しかも展覧会の傍ら、生きているコレクションとして、国内外の優秀な作品を買い戻してきました。この酒井コレクションを母体として、十代目・藤吉は弟・貞助、泉三郎と力を合わせ、1982年、長野県松本市郊外に日本浮世絵博物館を設立しました。 現当主・酒井信夫(1946-)は、十一代目にあたります。このように酒井コレクションは酒井家五代二百年間にわたり、肉筆、版本を含め、浮世絵の初期から現代版画までを網羅した10万点に及ぶ膨大なコレクションです。酒井コレクションの浮世絵展示会は、国内はもとより、海外でもヨーロッパ、アメリカ、中近東、南アメリカなど、世界各地で開催され、各国の専門家、学者はじめ、愛好家からも絶大な称賛を博しています。 日本浮世絵博物館/日本浮世絵学会/JUM友の会は、「国際的文化遺産である浮世絵」を収集、保管、整理、研究、公開、展示する開かれた機関として活動しています。
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