浮世絵学01/落款(春章)/偽筆*14_しゅんしょう/春章_出光美術館 2016勝川春章と肉筆美人画 酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂主人) [HP: ukiyo-e.co.jp]
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浮世絵学01/落款(春章)/偽筆*14_しゅんしょう/春章_出光美術館 2016勝川春章と肉筆美人画 酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂主人) [HP: ukiyo-e.co.jp]

2016-11-10現在

酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂主人) [HP: ukiyo-e.co.jp]-

◯春章(1743-1792)の肉筆浮世絵『美人鑑賞図」(1790-1792頃) 偽筆の根拠 (追加記入)

最近、廣重、歌麿、北齋など肉筆浮世絵は、偽筆が横行している。
私見であるが、偽筆である根拠を箇条書きに述べてみる。

1 春章の享年は、これまで67歳であったが、最近、神谷勝広氏の解読で、五十歳であることが判明した。
2 岩瀬文庫にある1810s-1820s観 嵩月(1760s−1830)/画師冠字類考
これに密接な関連がある1835菅原洞齋(1772-1821)/画師姓名冠字類鈔との比較を提唱したい。
3 この春章の項目、その虫喰いを前後から、「□十」の□を五と判断した。
4 今まで五十歳代(51-59歳)、六十歳代(60-67)の作品は、すべて実在しないことになる。
5 いわば根底から、崩れてしまった観は否めない。
6 栄之(1756-1829)の三枚続を粉本にして偽作されていることも判明した。
7 しかし、この両者、版画と肉筆は詳細に比較検討すると似て非なるものである。

栄之は版画であるが、原画である。春章は肉筆で、しかも偽筆である。

◯疑問点
1 版画には猫が描かれていないが、肉筆には猫が二匹描かれている。
猫は辺り構わず爪を立てるので、座敷、書画、呉服などを扱う場合、猫は飼わない。
2 偽筆であるから、当然、款印(落款+印章)が基準印と微妙に違っている。
3 邸内に池が描かれているが、樹木が反射して映っている。これは江戸時代には有り得ない。
4 掛軸を拡げている疊。この疊は不審である。疊縁が全く無く、疊表が長く続いている。
奥座敷の疊の同じように疊縁が全く無い。
5 衣紋の描線に金が使われているように見えるが、町絵師では金を使わない。(奢侈令で禁止)
6 全く疊を知らない人物が描いた戦後の偽筆であろうか。

7 薄紅の牡丹の花弁に、陰影が施されて、天明、寛政期の描写と異質である。

8 スペクトル分析をすれば、絵の具も最近の製品であることが判明するはずである。

9 肉筆浮世絵の鑑定で、尤も重要な履歴、略歴が無い。これだけの名品ならが、既に明治期、大正期、また昭和期に記録が遺されるいるはずである。掲載、展示された記録がないということは、新しく描かれた偽筆、そのことを証明している。

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2016-03-02現在

◯春章の肉筆を展示しているというので、出光美術館へ出掛けた。

このところ、肉筆浮世絵は妙なものばかり出回っている。歌麿、北齋、廣重など著名な画師の肉筆は悉く、アウト。

真偽の二者択一を撰ぶと、偽筆ということになる。

やはり合点がいかない作品が多く、図録掲載分を含めて展示されていた。

出光美術館だけに、残念であった。

展示されている肉筆総数は70点である。春章は31点。
図録から浮世絵学に沿って、纏めた。肉筆のため、版元、版元記号、内題は空欄である。

2016春章/勝川春章と肉筆美人画 ←ここをクリックすると一覧表で各項目を見ることが出来る

◯春章(1743-1792)

最近、神谷勝広氏が新聞に発表した春章の享年、これまでの67歳ではなく、50歳。

つまり春章の生没は、1743-1792(50)。

1810s−1820s観嵩月/画師冠字類考、全8冊。春章の項目に享年を示す箇所があった。

◯十とあり、◯は前後の文脈から五と判断できる。従って春章の享年は五十歳。

また、別途、1835菅原洞齋(1772-1821)/画師姓名冠字類鈔、全13冊もあるが、この両版本の関連は分からない。

洞齋(どうさい)は、狩野派を学び、谷文晁(1763-1840)の妹婿で鑑定家である。天保6年の写本、洞齋没後の転写である。仙台侯に仕えた。文晁は本朝画纂を出版した。洞齋が、多くの縮模を提供し、助力をしたに違いない。

◯春章の齋号、旭朗井である。師・谷素外(1734-1823)の齋号は一陽井(いちようせい)である。

展示会場の年表を見ると、毎年、春章の名前が谷素外の歳旦帖に、載っている。

恐らく、俳名の酉爾(ゆうじ)であろう。

これまで春章の生年は、素外よりも年長で、どうも合点がいかなかった。

享年を十七歳多く加算していたからである。

素外(1734-1823)、重政(1739-1820)、春章(1743-1792)、春好(1743-1812)、

政演(1761-1816)、春英(1762-1819)、文晁(1763-1840)、政美(1764-1824)

これで合点がいった。

◯十三冊の写本、1835画師姓名冠字類鈔、および八冊の写本、1810s−1820s観嵩月/画師冠字類考などデジタルで公開されれば、画家の伝記に寄与すること大である。

◯春章(偽筆)美人鑑賞図その他

さて、図録の表紙、これは栄之の三枚続(福神の軸を見る美人)を粉本に偽筆されたものである。

版画には猫が描かれていない。また人物の配置、人数もすっきりしている。

この肉筆は、ゴタツイているし、致命的なことに猫が二匹、描かれて、絹本と思われる掛軸の傍にいる。

座敷、絹本、紙本を問わず、呉服屋でも決して猫を傍に置かない。

何故なら、猫は何処でも辺り構わず、爪を研ぐ。つまり猫がいること自体、有り得ないのである。

款印(落款+印章)を悉に見ると、やはり偽落款、偽印章であることが納得できる。

恐らく、春章の偽筆の多くは戦後のポット出のものであり、略歴、記録が全く無い。

プロの鑑定の眼で選別されたものでないため、妙なものが入ってしまったのであろう。

学者は知識はあるが、臨床(医学の場合、手術。この場合、臨場か)は無理である。

図録の55番、遊女と燕図、これが基準落款(勝川春章画 花押]である。

また61番、花魁図も、合格(勝宣冨*春章画)である。

*俳名は宜冨(ぎふ)である。宣(せん)は誤認による誤記。

素外(1734-1823)と同門、島妍齋(1730-1797)の俳名は津冨(しんふ)である。

酉尓(酉爾)印は、俳名であって画号ではないので、単独印では不可である。

70番、画狂人北齋画/月下歩行美人図、これは合格。

北齋は殆ど、99%偽筆であると考えて良い。

私立の博物館、美術館の場合、余程の注意が必要である。

春章の重要美術品になっている十二ヶ月風俗図(MOA美術館)、雪月花図(摘水軒記念文化振興財団)など、やはり疑問である。

一体、何時、誰が鑑定をしたのだろうか。しかも重要美術品に認定している。

偽筆の参考として、重要というのなら分かるが…

◯2007肉筆浮世絵/出光コレクションのすべて。出光美術館

ある方から、出光美術館の肉筆浮世絵図録を戴いた。この内、かなり多くの作品を見ているが、どうも真偽の二者択一を迫られると、偽と撰ばざるを得ないものが大半である。出光美術館に、山根有三先生がいらしたが、宗達の専門家で、浮世絵ではない。内藤正人博士もいるが、春章の専門家であるが、かなり誤認をしている。

141、143など掲載履歴が戦前に記録されているものは、戦後のポット出ではない。

しかし、他の作品は絵具だけでなく、絹本地、表装など総てが新しく不可である。

180-220年以前の作品ならば、もっと古びがなければならない。

絵具の色材分析以前の問題として、ここ数十年以内に新たに描かれたものであることは自明のことである。

版画を思い浮かべれば、これらの肉筆浮世絵は画格、画品の余りに低く異質である。

展覧会、図録をみて、気が付いた私見を記した。

◯壷印の林屋七右衛門 *全く書籍とは無関係の見世であろう。

この屋号は地本問屋、書物問屋など、何処を探しても見当たらない。

以下は1915井上和雄/慶長以来・書賈集覧などを中心にDBに纏めてある。

2015板元/書物問屋ほか/屋号五十音

どのような経緯で、誤伝され、誤記されたのであろうか。

何か御気付きの点があれば、御教示ねがいたい。

酒井 雁高(がんこう) 学芸員 curator
浮世絵・酒井好古堂   [HP: ukiyo-e.co.jp]
[浮世絵学]文化藝術懇話会    浮世絵鑑定家
100-0006東京都千代田区有楽町1-2-14
電話03-3591-4678 Fax03-3591-4678



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