浮世絵学04/外題(すみだ北斎美術館)2016-11-22開館 浮世絵学  酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂主人) http://www.ukiyo-e.co.jp/14565
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1982-04-29現在(2022-05-18更新) 

浮世絵学:ukiyo-e study  浮世絵鑑定(肉筆浮世絵、錦絵):judge

SAKAI_gankow, curator, professional adviser of ukiyo-e

酒井 雁高(がんこう)(浮世絵・酒井好古堂主人) 

*学芸員 *浮世絵鑑定家 📞 Phone 03-3591-4678(東京・有楽町)

酒井 邦男(くにお)  酒井好古堂・副代表    *学芸員     *浮世絵鑑定家

100-0006東京都千代田区有楽町1-2-14(東京・有楽町 帝国ホテルタワー前) 

日本最古の浮世絵専門店

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御案内

G浮世絵学00 御案内 酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂)

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複製・復刻

R浮世絵学00/複製・復刻 酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂)

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*1946、私、酒井雁高(がんこう)、(戸籍名、信夫のぶお)は、酒井藤吉、酒井十九子の次男として生まれた。生まれた時から、浮世絵に囲まれ、浮世絵博物館に組み込まれていたように思う。1966、兄・正一(しょういち)が冬山のスキー事故で死亡。いきなり、私に役目が廻ってきた。それにしても、子供が先に亡くなるとは、両親の悲しみは察して、余りある。母は、閉じこもったきり、黙ったままの父に、何も話すことが出来なかったという。

*1967、私は大学の経済学部を卒業し、すぐ文学部国文科へ学士入学。何とか、源氏物語など、各種日本文学、江戸文学も多少、学ぶことが出来、変体仮名なども読めるようになった。http://www.ukiyo-e.co.jp/wp-admin/edit-comments.php

*1982年以来、浮世絵博物館と一緒に過ごしてきた。博物館が女房替わりをしてくれたのかも知れない。

*それでは子供、というと、これら浮世絵学、1,171項目であろうか。一所(浮世絵学)懸命、学問としての浮世絵学を成長させてきたつもりである。今後も、御支援、御指導を賜りたい。2021-06-20酒井雁高・識

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待ちに待った北斎美術館が墨田区に開館した。 本日、レセプションがあり出席した。税金、交付金、補助金などで運営する公共団体なので、多くの方々が臨席していた。 入館前、入口で日本浮世絵博物館前理事長、館長の酒井邦男氏を撮影した。

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たまたまイスラエルの駐日大使(女性)御会い出来たので、私の父、酒井藤吉が1960、ハイファにて北斎展を開催したと告げた。 大使は、その展覧会を見た記憶があると語っていた。その後、父は、ハイファ、パリ、ニューヨークなどで浮世絵展を開催し、日本に浮世絵博物館を建設しようと各方面へ働きかけ、1982、先祖の地である長野県松本市郊外に日本浮世絵博物館を創立した。 img_0349

墨田区長さんにも御目に掛かれた。 一緒に記念撮影をして戴いた。北斎は世界の北斎である。この墨田を世界へ発信して欲しいと思う。 img_0347

幸運なことに、設計の建築家にも、初めて御目に掛かった。日本浮世絵博物館(長野県松本市島立小柴)の設計者、篠原一男氏のことも、よく存知あげて、訪問したことがあると話していた。 img_0346

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何しろ多勢の方々の参列で驚いた。 その後、マイクロバスにて、北斎美術館を訪れた、4、3階が展示室である。 世界の北斎の割りに、少し展示室が狭いかなという感じを受けた。 むろん、北斎館であるが、北斎だけでは展示作品が限られているので、他の浮世絵師の作品展も、併設して行うことになると思う。

絵巻、北齋に似せて描いているが、描線、顔面の陰影など、かなり差異がある。手の指先などは、全く違う描写である。焉馬の賛が自筆かどうかが判定できれば、真偽は簡単である。もし焉馬の賛が偽筆ならば、絵巻も偽筆ということになる。

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図録の図版番号2、漁師図は、原画と描線、色彩が全く違っている。所蔵先が記されていないが、これは模刻であり、原画(当時の木版画)ではない。海岸の岩は水色ではあり得ない。

例のロンドンで購入した隅田川絵巻(1805文化2、焉馬の賛)が飾られていたが、やはり外国向けに制作された明治期の新しい作品であると改めて確認した。

1 絵巻の制作年

北齋の落款「九々唇」は、1805文化2、摺物にある。数年後、九々唇号は、北明、北鳴に譲っている。

2 席画の不審

落款:九々唇北齋席画

*席画は一日だけの書画会で揮毫するものであり、従って扇面、色紙など小品を扱う。このような巻物など一日で描ける訳はない。

3 北齋の落款:應需(もとめにおうじて) 気になったのは「烏亭焉馬應需於談洲樓九々唇北齋席画」と賛があったこと。これは妙である。 江戸時代、当然、候文であり、漢文の書式であるから「應需烏亭焉馬」でなければならない。

4 焉馬の賛

于時文化二年乙丑…東都滑稽本作者立川談洲樓 六十二翁 烏亭焉馬戯述[印]

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「乙丑(いっちゅう)四月釈迦の生れて七夜の日」、これは可笑しい。釈迦の誕生は四月八日と昔から決まっている。この偽筆を作成した人物は、歴史上の釈迦の誕生日まで捏造するのか。不見識も甚だしい。

この「述」も妙な字である。これは、3、4共に同筆である。つまり、北齋でも焉馬でもない人物が書いている。

だから、書体が同じで、しかも妙な書き方をしている。焉馬の直筆か。いや全く違う。焉馬の自筆ではない。

焉馬の真筆は、短冊を点検すれば、一目瞭然、達筆である。このような素人臭い書跡は認(したた)めない。

もし直筆でなければ、この絵巻自体、偽筆ということになる。

5 陰影、反射

江戸期、陰影は描かれることがなかった。水面に反射しているとの見解もあるが、1798寛政11北齋画/東遊(あづまあそび)、1799寛政12北齋辰政画/東都名所一覧、1801享和1/隅田川両岸一覧、これらの水面に舟、橋の陰影、反射などは見られない。絵巻だけに陰影また反射の画像が描かれているのは不審である。

今後、各方面の研究(特に烏亭焉馬)から、真偽を判断する必要がある。

酒井 雁高(がんこう) 学芸員 curator 浮世絵・酒井好古堂 [http://www.ukiyo-e.co.jp]

[浮世絵学]文化藝術懇話会  浮世絵鑑定家

100-0006東京都千代田区有楽町1-2-14 電話03-3591-4678 



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