浮世絵学01/落款(歌麿)/偽筆*09_うたまろ/歌麿_とちぎ歌麿館(巴波川? 杭打ち図)偽筆 偽作 酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂主人)[ukiyo-e.co.jp]
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浮世絵学01/落款(歌麿)/偽筆*09_うたまろ/歌麿_とちぎ歌麿館(巴波川? 杭打ち図)偽筆 偽作 酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂主人)[ukiyo-e.co.jp]

2016-11-10現在

酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂主人) [HP: ukiyo-e.co.jp]

残念ながら、未だ原物を見る機会ないが、図版を熟覧した限り、偽筆である可能性が高い。

2014.04.24   [HP: ukiyo-e.co.jp]     酒井雁高(酒井好古堂主人)

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◯歌麿(偽落款)/(巴波川? 杭打ち図) 通用亭徳成賛 偽筆 偽作

巴波川(うずまかわ)川岸で、土木作業員二人が杭を打ち込んでいる。「行年四十三」とあるようだが、歌麿が何年何月何日、栃木(当時の旧名?)の何丁目何番地にいたことを裏付ける物的証拠がない。

狂歌師は全国に五万といた訳であるから、狂歌師賛があるからと云って、直接、間接に、歌麿が狂歌師を尋ねたことにはならない。
通用徳成の狂名は、江戸狂歌本選集の下記に掲出されている。狂歌連、狂歌側の領袖というような人物ではない。偽筆を描く時、地元の古老から、歌麿の浮世絵に狂名が掲出されていると聴き及び、狂歌賛を加えて、尤もらしく装ったものか。しかし、歌麿は当時、浮世絵美人画の第一人者、決して土木工事の絵など描かない。

通用亭徳成(通用徳成) 江戸狂歌本撰集を検索してみると、徳成の狂歌、3点確認できた。
4-53  1793(寛政5)狂歌上段集 栃木 通用徳成 炉ひらきに あふきおこせし 桜炭 はのさきより あたゝまりぬる
6-116 1802(享和2)狂歌萩古枝(はぎのふるえ)桑楊庵頭光七回忌
相思 おもひあふ 中は椎の木 首尾の松 行かふ舟の こかれこかれて
7-146 1808(文化5)とこよもの 橘洲七回忌 なき魂へ 手向の水や 今も其 流をくめる 七とせのあき 通用亭徳成

寛政(1790s)期と考えれば、当時、歌麿は自他ともに認める美人画の第一人者である。その歌麿が、席画の依頼に応じたとして、美人画以外の絵を描くことは有り得ない。しかも、杭打ちの土木工事の絵など論外である。歌麿は美人絵師である。やはり、本図も真偽の二者択一を選ぶとなると、どうしても偽筆となる。「行年」は古く見せかけるための意図的な作為であると思う。

栃木市教育委員会に問い合わせところ、歌麿が何年何月何日に栃木を尋ねたという確実な資料はないと云う。

入館料を払い、偽筆を見せられた一般の方々は、被害者である。

公金を支出した以上、真筆であるとの証明、その説明責任がある。

何か御気付きの点があれば、御教示ねがいたい。

酒井 雁高(がんこう) 学芸員 curator
浮世絵・酒井好古堂   [HP: ukiyo-e.co.jp]
[浮世絵学]文化藝術懇話会    浮世絵鑑定家
100-0006東京都千代田区有楽町1-2-14
電話03-3591-4678 Fax03-3591-4678

 

 



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