浮世絵学01/落款(ひろしげ3) 2020-10-30三代廣重3/総目録 463項目 酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂) http://www.ukiyo-e.co.jp/21505
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1982-04-29現在(2022-05-20更新) 

浮世絵学:ukiyo-e study  浮世絵鑑定(肉筆浮世絵、錦絵):judge

SAKAI_gankow, curator, professional adviser of ukiyo-e

酒井 雁高(がんこう)(浮世絵・酒井好古堂主人) 

*学芸員 *浮世絵鑑定家 📞 Phone 03-3591-4678(東京・有楽町)

酒井 邦男(くにお)  酒井好古堂・副代表    *学芸員     *浮世絵鑑定家

100-0006東京都千代田区有楽町1-2-14(東京・有楽町 帝国ホテルタワー前) 

日本最古の浮世絵専門店

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御案内

G浮世絵学00 御案内 酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂)

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複製・復刻

R浮世絵学00/複製・復刻 酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂)

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*1946、私、酒井雁高(がんこう)、(戸籍名、信夫のぶお)は、酒井藤吉、酒井十九子の次男として生まれた。生まれた時から、浮世絵に囲まれ、浮世絵博物館に組み込まれていたように思う。1966、兄・正一(しょういち)が冬山のスキー事故で死亡。いきなり、私に役目が廻ってきた。それにしても、子供が先に亡くなるとは、両親の悲しみは察して、余りある。母は、閉じこもったきり、黙ったままの父に、何も話すことが出来なかったという。

*1967、私は大学の経済学部を卒業し、すぐ文学部国文科へ学士入学。何とか、源氏物語など、各種日本文学、江戸文学も多少、学ぶことが出来、変体仮名なども読めるようになった。http://www.ukiyo-e.co.jp/wp-admin/edit-comments.php

*1982年以来、浮世絵博物館と一緒に過ごしてきた。博物館が女房替わりをしてくれたのかも知れない。

*それでは子供、というと、これら浮世絵学、1,171項目であろうか。一所(浮世絵学)懸命、学問としての浮世絵学を成長させてきたつもりである。今後も、御支援、御指導を賜りたい。2021-06-20酒井雁高・識

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日本で最古の浮世絵専門店。幕末の開明思想家・佐久間象山(1811-1864)(しょうざん)が、酒井義好(1810-1869)*よしたか の書齋を「好古堂」と命名しました。1982、酒井藤吉(とうきち)・十九子(とくこ)、酒井貞助(ていすけ)・富美江(ふみえ)、酒井泉三郎(せんざぶろう)・美代子(みよこ)らは、好古堂蒐集品を基として、父祖の地、松本市郊外に、日本浮世絵博物館を創立しました。

 

1803葵衛(齋藤秋圃)/葵氏艶譜

父・藤吉が亡くなってから、酒井信夫・雁高(がんこう)、そして酒井邦男が継承し、世界各地で65回の浮世絵展覧会を開催して今日に至っています。皆様のご指導ご鞭撻を御願い致します。

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 *Sakai Kohkodou Gallery  酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂主人) Japanese Traditional Woodblock Prints  

SAKAI_gankow, curator, professional adviser of ukiyo-e

2022 SAKAI, gankow   酒井雁高

 

2018 SAKAI gankow

 

2020 SAKAI kunio

*現在、ファックスは使えません。

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http://www.ukiyo-e.co.jp/69501  ◀ 浮世絵学01/落款(えし)ひらがな五十音順 伝記集成+総目録 酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂)

 

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○廣重3(ひろしげ3)/総目録

1842-1894(53)

総目録であるが、かなり漏れている。明治開化期、ニュースとして、500枚ほど描いていると思われる。

当時の最大の画家であった。二代廣重が安藤家を出て、立祥(りっしょう)と名乗る。

その後を継ぎ、二代と称しているが、実は三代となる。

○1931井上/浮世繪師傳160b

廣重3(三代)*重寅 重政

【生】天保十三年   

【歿】明治廿七年三月廿八日/五十三

【畫系】初代廣重門人  

【作畫期】文久~明治

 安藤氏、本姓後藤、歌川を稱す、彼の傳記に就て兩説あり、

一は明治十七年版『明治畫家略傳』(渡邊祥靄編)に載する所

「名は徳兵衛、一立齋と號す、弘化二年十二月生る、父を後藤

武平と云ふ、初代廣重の門人なり」とし、一は雜誌『日本及

日本人』第六九九號に靄軒生の執筆に係れるもの「天保十三

年深川に生れ、年壬寅に中るより名を寅吉と呼びぬ。父は船

大工を業とし(中略)、(彼は)偶々浮世小路の會席料理百川の

養子に貰はれ、父母の膝下を離れしは彼の十六七歳(安政四

五年)頃の事なりし」云々とし、又「初め重寅の名を與へら

れ、後ち重政と改む」と云へり。其の生年に就て斯く相違せ

るは聊か不審なれども、彼の辭世に「汽車よりも早い道中す

ご六は目の前を飛ぶ五十三次」とあるを證として年齢を逆算

するに、後者の天保十三年説の是なるを認め得べし。

 彼に同門の二代廣重(後に立祥)が慶應元年安藤家を去るに

及んで、それに替りて師家の後を繼ぎ、初代の俗稱(徳兵衛)

と一立齋の號を襲用し、且つ自から二代(實は三代)廣重を名

乘りしなり。而して、稀には落款に「歌重」とせし例もあり。

居所、中橋大鋸町四番地(九年十月)より、京橋弓町十八番地

(明治十一年)・南紺屋町二十七番地(明治十二、三年)などに

轉住す。法名、功隆院機外立齋居士、淺草北松山町東岳寺に

葬る。彼の作品は、明治文化史料として見るべきもの甚だ多

し。

1881(明治14)廣重3/大日本物産圖會/東京錦繪製造之圖

 

 

外題(げだい)、版元(はんもち)、内題(ないだい)、やや統一を欠く。更に補足する必要がある。

何か御気付きの点があれば御教示ねがいたい。
酒井 雁高(がんこう) 学芸員 curator [浮世絵学**]

浮世絵・酒井好古堂  http://www.ukiyo-e.co.jp  [浮世絵学]

文化藝術懇話会  浮世絵鑑定家


100-0006東京都千代田区有楽町1-2-14

電話03-3591-4678 



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