浮世絵学01/落款(ちかのぶ)周延 2020-11-23周延/総目録_2014項目 酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂主人) http://www.ukiyo-e.co.jp/21651
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1982-04-29現在(2020-11-23更新) 浮世絵学:ukiyo-e study  浮世絵鑑定:judge

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酒井 雁高(がんこう)(浮世絵・酒井好古堂主人) *学芸員  *浮世絵鑑定家 📞 Phone 03-3591-4678

酒井 邦男(くにお)  酒井好古堂・副代表    *学芸員        *浮世絵鑑定家

100-0006東京都千代田区有楽町1-2-14(東京・有楽町 帝国ホテルタワー前) 日本最古の浮世絵専門店

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 *Sakai Kohkodou Gallery  酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂主人) Japanese Traditional Woodblock Prints   

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今回、ネットの画像を含めて、周延(ちかのぶ)の目録を作成した。

◯周延 伝記集成

(雁註)千代田城大奥、活字で情報が記されているが、画像は少ない。従って周延は有職故実の実態を他の手段で入手した

まだ本格的な伝記が発刊されていない。

周延は下級武士であったから、江戸の大奥などは知らなかったはずである。

恐らく周延ほど師に恵まれた浮世絵師はいなかった。と書いたが、國芳門下、三代豊國門下時の浮世絵が未見。従って、誤認の可能性がある。

周延 1838-1912(75) *ちかのぶ 揚洲~ 

・國芳 1797-1861(65)

1852(嘉永5)周延 15の時、國芳に師事

10年間、國芳門下で浮世絵の基本、特に人物の骨格、動きを身に付けたはずであるが、二代芳鶴・落款の作品は未見。

1861(文久1)周延、24の時、國芳が亡くなる。この年月までに描いた浮世絵が一枚も残っていない。

・三代豊國 1786-1864(79) 

1861(文久1)以後、4年間 1861-1864 三代豊國に師事 美人、源氏絵、風俗を修得したはずである。

しかし作品は一枚も無い。國芳、三代豊國門下という事実は確かめられない。誤認、誤伝による誤記か。

1864(元治1)周延、27の時、三代豊國が亡くなる。直ぐ、國周に師事する。

これは周延という画号を持っている以上、師系があったと考えて良い。しかし、画業より、武芸を優先していた。

・國周 1835-1900(66)

37年間 1864-1900 國周に師事 役者画、芝居絵、美人画を描いた。

これまで、初作は以下の二作品が揚げられているが、未見。

1864(元治1)幕府は朝廷の命を受け? 長州征討軍を派遣 *巻物があるが、描かれたのは、かなり後。*周延が描いたという事実は不明

1865(慶應2)第二次長州征討軍に参加 長州征討行軍図が描かれている?

1867(慶應3.05.06)國周が日本橋音羽町の新宅開きに、暁齋らと招かれている。暁齋が師・國周の顔に墨を塗りたくり、怒った周延が刀を抜いて、切り掛かるぞと飛び掛かった。暁齋は屋根を破って?逃げ、中橋の紅葉川の跡に落ちた。暁齋は周麿(ちかまろ)という画号をもっている。恐らく國周の弟子なのであろう。

・暁齋 1831-1889(59) *きょうさい。周麿(ちかまろ)と号す。國周より年上であるが、私淑して門弟となったか。すると、周延の兄弟子となり、新築祝いに招かれていた。

・國周 1835-1900(66) *明治期最大の役者絵師

・周延 1838-1912(75) *周延は下級武士であったが、彰義隊に参加した武張ったところがあった。*墨合戦を知らぬはずはないが… 師匠の顔が墨で真っ黒になり、怒りが収まらなかった。それで、周延は暁齋に切り掛かった。まだ廃刀令が出ておらず、武士は帯刀していた。

國周門下であるから、当然、大半が役者画である。しかし、これまた同様に、1864-1875(明治8)の作品は未見。

1868(慶應4.02.12)旧一ツ橋家臣17名が江戸雑司が谷の会合で、慶喜の復権と薩摩討伐を協議した。賛同者60余名。のち、1500余名となる

1868(慶應4.05.01)田安慶頼の江戸市中警衛の任を解いて、彰義隊の合法性を剥奪。

1868(慶應4.05.15)大村益次郎指揮のもと、上野を攻撃。彰義隊は壊滅した。榎本武揚など、函館まで転出したが、最後、降伏した。

1868(慶應4.09.08)明治と改元

*周延は下級武士であったが、彰義隊に参加し、徳川武士としての気質を強く持っていた。

また明治期になって、神となった天皇に近づくことは出来なかったはずであるが、

明治政府からの依頼で宣伝、ニュースとして多くの天皇、皇后などを描いている。

1867(慶應3.01)國周画/肩入人気くらべ 大3 周延(補筆)/人物 早い作品か *未見

1870-1880s(明治10年代) 皇后宮還幸宮御渡海図 大3 *未確認

1870-1880s(明治10年代)皇子御降誕之圖 大3 *未確認

1870-1880s(明治10年代)今様振図の遊 大3 *未確認

1875(明治8)、周延、38歳である。これらの作品が初作とは考え難い。

しかし、これ以前の作品は未見である。

1875(明治8)東京両国橋真景 大3 *未見

1877(明治10.08)東京名所之内 内国勧業博覧会」 大3 *未見 *第一回 1873ウイーン万国博覧会を受けて開催

1877(明治10.01.30) 西南の役で、浮世絵が再び脚光を浴びた。

*この前後、新年用おもちゃ絵、雙六を描いている。

1879(明治12) 鮑取御遊覧之圖 *三代豊國好みの題材

1882(明治15)、天皇を描くことが禁止される。

1884(明治17)名誉色咲分 *妓楼の遊女

1884(明治17)雪月花(小林鉄次郎版) *彫り、摺りの精緻な美人画で、且つ六十余州を描いている。

1887(明治19)東錦晝夜競 *駒絵で昼夜を仕立てたが、解り難い。

1887(明治20) 鹿鳴館で舞踏会が開かれ、洋装婦人が描かれている。

*石版が流行し、木版の浮世絵は下火になるが…

1889(明治22)憲法發布式之圖 *形だけは近代国家の枠組みであるが、その後、大逆事件など、天皇国家で、国民は主権を持っていない

1890(明治23)東風俗年中行事 *これは美人風俗として、周延の傑作である

1890-1891(明治23-24)幻燈冩眞競 *これも、異色の作品

1894-1895(明治27-28)日清戦争 またまた浮世絵の発行部数が増えた。

1895-1897(明治28-30)千代田之御表、千代田之大奥の風俗 *周延の尤も得意とする作品で、他の絵師の追随を許さない、

1895-1897(明治28-30)時代かがみ *全50、目録2、附録1 美人の髪型、風俗に特徴を出している。また、駒絵にも時代の特徴を描いた。

*時代かがみ(目録あり)など、何処かに材料があったに違いない。

1894(明治27)徳川時代貴婦人

1896(明治29)千代田之大奥(目録あり)

1897(明治30)千代田之御表(目録あり)

1897-1898(明治30-31)真美人 *真、これはリアルな美人、全36 番号があるが、画像では見難い。

1900(明治33) 周延、63の時、國周が亡くなる

1904-1905(明治37-38)日露戦争 浮世絵が脚光を浴びた最後といえる。

周延は、明治末期まで活躍した。

◯周延 総目録

2012.06没後百年 楊洲周延 明治美人風俗、平木浮世絵美術館 UKIYO-e TOKYO

*新藤茂所蔵品と聞いているが、図録が入手できないので不明。130点ほど紹介

*内題の無い作品が多く、浮世絵学で整理し難い。

ネットの図版などで入力したものが多いので、詳細な刊年、板元は未入力のものが多い。

恐らく、数千枚になる。

周延の総図録も、そろそろ発刊されて良い頃である。

何か御気付きの点があれば、御教示ください。
酒井 雁高(がんこう) 学芸員 curator [浮世絵学**]
浮世絵・酒井好古堂  http://www.ukiyo-e.co.jp
[浮世絵学]文化藝術懇話会  浮世絵鑑定家
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電話03-3591-4678 Fax03-3591-4678



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