浮世絵学04/外題(ベルリン・ブルー)(ベロ藍) 酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂主人) http://www.ukiyo-e.co.jp/2606
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1982-04-29現在(2022-05-18更新) 

浮世絵学:ukiyo-e study  浮世絵鑑定(肉筆浮世絵、錦絵):judge

SAKAI_gankow, curator, professional adviser of ukiyo-e

酒井 雁高(がんこう)(浮世絵・酒井好古堂主人) 

*学芸員 *浮世絵鑑定家 📞 Phone 03-3591-4678(東京・有楽町)

酒井 邦男(くにお)  酒井好古堂・副代表    *学芸員     *浮世絵鑑定家

100-0006東京都千代田区有楽町1-2-14(東京・有楽町 帝国ホテルタワー前) 

日本最古の浮世絵専門店

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御案内

G浮世絵学00 御案内 酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂)

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*1946、私、酒井雁高(がんこう)、(戸籍名、信夫のぶお)は、酒井藤吉、酒井十九子の次男として生まれた。生まれた時から、浮世絵に囲まれ、浮世絵博物館に組み込まれていたように思う。1966、兄・正一(しょういち)が冬山のスキー事故で死亡。いきなり、私に役目が廻ってきた。それにしても、子供が先に亡くなるとは、両親の悲しみは察して、余りある。母は、閉じこもったきり、黙ったままの父に、何も話すことが出来なかったという。

*1967、私は大学の経済学部を卒業し、すぐ文学部国文科へ学士入学。何とか、源氏物語など、各種日本文学、江戸文学も多少、学ぶことが出来、変体仮名なども読めるようになった。http://www.ukiyo-e.co.jp/wp-admin/edit-comments.php

*1982年以来、浮世絵博物館と一緒に過ごしてきた。博物館が女房替わりをしてくれたのかも知れない。

*それでは子供、というと、これら浮世絵学、1,171項目であろうか。一所(浮世絵学)懸命、学問としての浮世絵学を成長させてきたつもりである。今後も、御支援、御指導を賜りたい。2021-06-20酒井雁高・識

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Berlin Blue (or Bero-ai) was used first in 1829 by Wi-itsu (Hokusai)

◯2014.08.11   酒井雁高 (酒井好古堂主人) [ukiyo-e.co.jp] *You might also see japan-ukiyoe-museum.com

ベロ藍(ベルリン・ブルー)が最初に使用された年月(下記データによる):1829-1831

Non-destructive Analysis of ukiyo-e. prints, X rays fluorescence Spectrum Technique by SHIMOYAMA & MATSUI.

Before 1828, Not a single Berlin Blue print was found.

◯歌麿? 深川の雪? スペクトル分析をすれば、真偽がはっきりする。

画像から、ベロ藍の波長が検出されれば、偽FALSEである。

なぜなら、年月が確定している作品(300点ほど)の調査結果より、1828年以前に、ベロ藍は使われていないことが判明している。

◯2012松井/浮世絵の名品に見る「青」の変遷展図録、岐阜市歴史博物館2012.10.26-12.02

・露草(C) Commelinin  水溶性          青紙(藍紙) 青→黄褐色→灰色

・藍(I)   Indigo 非退色、不溶性 *輪郭線など 藍棒、藍蝋

・ベロ(B)    BerlinBlue 非退色、水溶性 *天ぼかし  文政11(1828)以前の使用例、なし

*つまりベロ藍(ベルリンブルー)は、下記のような推移で使われ出した。

ベルリンが、日本語の音韻では、「ベレンス」と聞こえた。

文政11(1828)以前の使用例、0%

文政12(1829)後半(約2.0%)、

文政13(1830)前半(4.3%)、後半(34.0%)

天保2(1831)前半(35.2%)、天保2(1831)後半(86.0%)

2012松井/青の変遷+ ←ここをクリック

このベロ(ベルリンブルー)使用の切っ掛けは、北齋爲一筆の冨嶽三十六景であった。

ただし、輪郭線は藍を使用している。

藍とベロ藍(ベルリンブルー)かの区別は、肉眼では不可能。

松井氏は冨嶽三十六景の作品に版元、極の印がないので、入銀(にゅうぎん)もの、つまり摺物(すりもの)の可能性を指摘しているが、これは当たらない。摺物は原則として、披露目、春興状など、俳諧、狂歌など刻記されている。冨嶽三十六景には全く俳諧、狂歌などが刻記されていない。

また松井氏は、冨嶽三十六景が、複数の濃淡の藍とベロ藍により、微妙な表現が高い芸術性を云々としているが、肉眼でも区別できない以上、この見解には矛盾がある。

また天保1(1830)は年末(12/10)に改元されたので、当時は文政13、翌年も文政14のままの刊記が多い。

太陰太陽暦で384日、改元は12月10日に行われた。12月は大の月であるから、30日。確率で云うと、384分の20、つまり0.052となり、全体の5%だけが、改元(天保元年)の刻記となっている。

このスペクトル分析(露草、藍、ベロ藍)は、当初、下山進先生が発表なさったが、それらを踏まえて、下山、松井両氏は、更に精密な科学データを導き出した。誠に貴重なデータである。

冨嶽三十六景の刊年について、先学が指摘しているように

柳亭種彦作、國貞画、文政14(=天保2、1831)正本製(しょうほんじたて)十二編、奥付広告がある。

冨嶽三十六景(割書)前北齋爲一翁畫、藍摺一枚、一枚ニ、一景ヅツ追々出版。

此絵は富士のかたちの、その所によりて異なる事を示す。或は七里ヶ濱にて見るかたち、又は七里ヶ濱より眺める景など、総て、一やうならざるを著し山水を習う者に便す。此ごとく、追々、彫刻すれば、猶百にも、あまるべし。三十六に限るにあらず。

文政14(=天保2、1831)の広告であるから、冨嶽三十六景の校合(七里ヶ濱、七里ヶ濱など)は前年、文政13(1831)年末に完成していたことになる。つまり、これより以前の最初の十枚、大浪などは文政12(1830)年末に出版準備がなされた。

本年、松井夫妻ともども、亡くなったとの訃報があった。心より、お二人のご冥福を祈りたい。合掌

(酒井雁高)

E-mail: gankow@gmail.com



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