浮世絵学(支那學・文化藝術懇話会66)1975古田武彦/盗まれた神話 九州王朝* 酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂)http://www.ukiyo-e.co.jp/36655
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1982-05-25現在(2019-05-11更新)  ✓検索 浮世絵学 ◯◯  http://www.ukiyo-e.co.jp/36655
酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂主人)   http://www.ukiyo-e.co.jp
SAKAI_gankow,  curator,  professional adviser of ukiyo-e
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◯浮世絵学(支那學・文化藝術懇話会)支那學・研究一覧(邪馬台国、帰結)三國志(魏志)と隋書 古田武彦 九州王朝* 帰結、ずばり九州(阿蘇山と書かれている)(古田武彦/九州王朝*)酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂)http://www.ukiyo-e.co.jp/37595

◯1975古田武彦/盗まれた神話、朝日新聞社。

時:2019-05-30(木) 予約完了。

所:淡路町ワテラス2011号室(パーティルーム)

人:1975古田武彦/盗まれた神話、朝日新聞社。

朝鮮の神話を引用(盗用)し、古事記、日本書紀を書いている。

その論理の組み立て、精緻な分析、理解が日本列島の古代を明らかにした。

つまり奈良王朝は662白村江の前後から、九州王朝(倭)を壊滅させ、その全業績を簒奪した。

それ以前は、すべて九州王朝(倭)の歴史である。もっとも、大陸から、数万年前、この日本列島に渡来した人々は、DNAで16以上の民族が混じりあっているという。奈良の王朝が古い訳ではなく、他にも、多くの王朝があったに違いない。

◯1975盗まれた神話
(まとめ)僭越ですが
はじめに
神名、天皇名は簡略化にしたがい、「記・紀」原文の読み下しも原表記に立脚した。

第一章 謎にみちた二書
前二世紀より七世紀まで一貫して、近畿天皇家に先在し、筑紫を中心とする九州王朝が存在していた。

第二章 いわゆる戦後史学への批判
宋書 倭の五王 これらの記事、記紀に存在しない。仁徳~雄略に共通部分ない。
倭王武の上表文、悲痛な調子で高句麗と交戦を述べている。書紀に、その圧迫の非常事態など無い。
好太王碑文 記紀に朝鮮半島中域へ大挙出兵した記事なし。(神宮皇后の三韓征伐に代置)

第三章 「記・紀」にみる九州王朝
熊襲の国はどこか 日本書紀にあり、古事記にない。その政治地図の素性
歴史の変転の中で、北から南に移動している。
仲哀天皇の敗死 古事記は神がかりの死。書紀は敵の矢に当たって戦死。
二つのフィルター
1)記紀は天皇家中心の大義名文
2)古来の伝承に対して、天皇家に有利に改削、新加(付加)する。

第四章 蔽(おお)われた王朝発展史
◯景行遠征、五つの謎
・書紀にあり、古事記にない。
・地名が詳細に書かれている。古い日本武尊、仲哀・神功皇后に地名一つだけ。

第五章 「盗作」の史書
◯「一書」の真相 総計58もの「一書」
書紀だけにあって古事記にない。これらは天皇家内伝承になかった。他から取ってきて挿入した。
◯接ぎ木の史書
◯日本旧紀は、古記録の集成書 五世紀段階に成立していた記録類を今(六世紀中葉)(550s)の時点で集大成。
◯上表文の語るもの
・(倭王讃)、又司馬曹達を遣わして表を奉り方物を献ず。(宋書、元嘉2)(425)
・(倭王武)、封国は偏遠にして、藩を外に作(な)す。昔より祖禰(そでい)躬(みずか)ら甲冑を擐(つらぬ)き、山川を 跋渉(ばっしょう)し、寧(ねい)処に遑(いとま)あらず。(宋書、478)(昇明2)
・貴倭の女王、重訳を遣わして貢献す。(晋の起居注)(泰初2.10)(266)
重訳、倭語→韓語→中国語
◯「帰化」とは何か 帰化は王化に帰するの意。中国の天子に帰順して治下に入り来る周辺の夷蛮 差別用語
◯「書紀」編者の手法
◯「帝王本紀」の存在 書紀の伝える神話の方が古い。古事記の方が新しい。
日本旧紀→古事記(天皇家内伝承)

(要約)
1)日本旧記の神代紀から切り取り、本文、一書として使用。
2)帝王本紀に付した注記は、現書紀本では、本文の形で書かれている。
小伝承や古記録を現在時点(七、八世紀)の名称を等号で結ぶ。帝王本紀を用い、書紀が展開した手法。
(まとめ)
1)神代の天皇家内伝承は、古事記のかたちであった。
2)日本旧紀(九州王朝)は、各種の神代記事を内蔵していた。
3)外二種の神代伝承を総合、取捨した記録が帝王本紀。それは天武十年(682)に成立
4)さらに拡大発展したのが養老4(720)に成立した日本書紀であった。
すなわち、九州王朝の史書内容を盗用する伝統は、帝王本紀より日本書紀へと世襲されていた。

第六章 蜻蛉島[あきつしま]とは何処か
七つの大八洲 書紀と古事記で違いがある。越洲→こしのくに シマ→クニ 隠岐の三子洲(三つのクニ)

第七章 天孫降臨地の解明
その後輪の地は何処か ニニギノ命 「日向」は何処か。筑紫の日向
筑前の中の日向 福岡県に日向と処があるか。ある。
日向峠(筑前、高祖山タカスの南) 日向山(筑後、八女郡) *しかし本来の筑紫は筑前。筑後は筑後後国
クシフル 博多湾岸と糸島郡との間、高祖山を中心とする連山が天孫降臨の地である。

第八章 傍流が本流を制した
降臨神話は、どの王朝のものか 九州王朝の史書「日本旧記」を切り取り、近畿王朝の神話に接合した。
(まとめ)
1)神武らは、九州辺域の日向にいた傍流者
2)東方の新天地に進出の決意
3)宇佐を中心とする九州東岸、東北岸の豪族の支援を固め、瀬戸内北岸の豪族と連係
時間の霧 神武はニニギの子孫
・天照–ニニギ–ヒコホホデミ–ウガヤフキアヘズ–神武 五代でなく何世代もの時間の列

第九章 皇系造作説への疑い
神武は虚構の王者か:定説は第一代から第十代までの間、八代の天皇も架空である。

第十章 神武東征は果たして架空か
二人の彦火火出見ヒコホホデミ:神武は傍系中の不幸なる偏流

第十一章 侵略の大義名文 那珂通世(1851-1908
那珂理論の探求:辛酉(しんゆう)革命、中国の讖緯(しんい)説 二十一度目、一蔀(ぼう)
推古9(601)から遡り、1260年目、BC660が神武即位。第一代が始まることを革命とはいわない。

第十二章 「記」と「紀」のあいだ
削偽定実の命題:古事記序文 天武の詔の中で、稗田阿礼の誦習(しょうしゅう)と安万侶の上表文
梅沢伊勢三・平田俊春の論争:日本書紀が古い(梅沢)
平田:天寿国繡帳の固有名詞表記、音表記から訓表記、日本書紀の使用した原資料(帝紀)の中に、古事記以前に遡(さかの)るものが多い。繡帳は近畿天皇家内のもので、日本旧記と無関係。新しいのは当然。
(古田)書紀の神代巻は日本旧記の盗用。

第十三章 天照大神は何処にいたか
天国(あまくに)とは何処か 天照は卑弥呼(3世紀)より、はるかに悠遠、古えの存在。
地上の天国は何処か。天国から天降る途中の経過地が書かれていなければならない。
天の岩屋の中の聖地、それが沖ノ島
オノゴロ島も、つきとめる: ノコの島
仁徳の歌:創作対象は説話であって、地名ではない。現存地名をもとに、それと音の似た、ゴロあわせの説話。

第十四章 最古王朝の政治地図
天国(あまくに)の周辺:九州王朝の原域
九州王朝に先在した、出雲王朝。日本最古の王朝が出雲王朝。

結び 真実の面前にて

あとがき

何か御気付きの点があれば御教示ください。
酒井 雁高(がんこう) 浮世絵・酒井好古堂主人 学芸員 curator
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