浮世絵学(支那學・文化藝術懇話会)(65)1971古田武彦/失われた九州王朝* 酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂)http://www.ukiyo-e.co.jp/37294
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1982-05-25現在(2019-04-24更新)  ✓検索 浮世絵学 ◯◯  http://www.ukiyo-e.co.jp/37294
酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂主人)   http://www.ukiyo-e.co.jp
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◯浮世絵学(支那學・文化藝術懇話会)支那學・研究一覧(邪馬台国、帰結)三國志(魏志)と隋書 古田武彦 九州王朝* 帰結、ずばり九州(阿蘇山と書かれている)(古田武彦/九州王朝*)酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂)http://www.ukiyo-e.co.jp/37595

1973古田武彦(1926 – 2015)/失われた九州王朝、朝日新聞社

時:2019-04-25(木) 予約完了。

所:淡路町ワテラス2011号室(パーティルーム)

人:1973古田武彦(1926 – 2015)/失われた九州王朝、朝日新聞社

*「邪馬台国」はなかった、続く古田先生の九州王朝 天皇家以前の古代史

これも、日本古代史を根底から覆えす画期的な著作です。ぜひ、単行本(字が大きい)を買って、ご一読ください。

 

序章 連鎖の論理

古代中国の目

「後漢書」の立場

「隋書」と「旧唐書」の立場

日本列島の二つの王朝

連鎖の論理

逆立ちした池内理論

第一章 邪馬壹國以前

1)志賀島金印の謎

・金印に関する「定説」

・印文のルール

・悪適尸逐王

・滇王の印

・匈奴と委奴

・光武帝の先例

・金印の研究史を遡る

・「委奴=大和」説

・「委奴=伊都」説

・三段細切れ読法の三宅説

・三宅説への反論

・伊都国説への批判

・陳寿の目

・再び三宅説について

・極南界とは?

・范曄の真の錯覚

・「大夫」の証言

・帰結

・金印の役割

・倭国の時間軸

2)邪馬壹國より邪馬臺国へ

・卑弥呼の国と「邪馬台国」

・「後漢書」の邪馬臺国

・臺の変遷

・范曄の改変動機

・邪馬壹國と邪馬臺国との間

・日本の文献でさえも

・輪臺

・呼び名の統一

・「伊都国」の意味するもの

・郊迎の地

3)いわゆる魏晋鏡と上代音韻

・魏晋鏡

・富岡理論

・富岡理論の源流

・いわゆる景初三年鏡

・それは後魏の石碑銘

・第二の謎

・「正始元年鏡」もあやしい

・二種類の「ト]

第二章 「倭の五王」の探求

1)「倭の五王」とはどこの王か

・倭の五王とは?

・「履中」説の矛盾

・「仁徳」説の矛盾

・「武」の亡霊

・錯誤の原因ー人名比定

・奄[とも]に父兄を喪う

・説話の虚実

・六代の平和

・「日本書紀」の場合

・百済の武寧王碑

・大倭の証明

・交錯の論理

2)五王の正体

・記紀の二倍年暦

・二倍年暦はどこで終わる?

・なぜ中国風の王名か

・字名を自ら名のった

・中国風名称への転化

・和風と中国風との間

・壹與の鎖

・匈奴の単于名

・倭と壹の文字

・邪馬壹國の名はいつ成立?

・壹與朝貢の時期

・陳寿執筆時の倭王は女王か男王か

3)七支刀をめぐって

・七支刀銘文解読の歩み

・献上か下賜か

・王と侯王

・倭王旨とは?

・流伝の道

・横刀と大鏡

・いつ石上神宮に入ったのか・

4)「分国論」と倭の五王

・海北の国

・分国論と倭の五王

・人名比定の軌跡

・「宋書」倭国伝の解読

・毛人と衆夷

・畿を遐[はる]かにす

・秦韓と慕韓

第三章 高句麗王碑と倭国と展開

1)碑文改削説の波紋

・高句麗好太王の巨碑

・改削されたという文字

・承人の目

・京都より東京へ

・まぼろしの「解読謀議」

・実体不明の「緘口令」

・真相の鍵-「碑文之由来記」

・「強迫」の報告書

・酒匂筆跡の探求

・白昼夢

・玄室の実測

2)碑文解読と倭の歴史

・”浅き者の妄読”

・親征の王者

・渡海作戦

・文脈の論理

・「来」の背景

・金の武断

・倭の正体

・倭国の全史

3)「日本書紀」の証言

・「貴国」とは?

・「貴国」はどこか?

・貴倭の女王

・「改定」の書写者

・明白な証跡

・「晋の起居注」の内実

・重ねて「貴倭」とは?

・基山と基肄城

4)「隋書」俀(たい)伝の示すもの

・日出づる処の天子

・「北」と「比」

・自撰の署名

・疑いの山

・違和の国交

・阿蘇山と如意宝珠

・筑紫への道行き

・俀(たい)と倭の間

・倭国と推古紀

・二つの道

・東方孤立の王者

・東西五月南北三月行

・「日出づる処」

・俀(たい)国の由来

・二人の天子

・菩薩天子

第四章 隣国史料にみる九州王朝

1)磐井の「反乱と滅亡」

・誰と誰とが死んだのか

・平子説と喜田説

・わたしの視点

・日本という国号

・天皇の称号

・いわゆる「磐井の反乱」

・一王朝の全面的敗北

・社稷(しゃしょく)の存亡

・「反乱」の大義

・占領地分割案の示唆するもの

・古老、伝えて云う

2)二つの王朝

・倭と日本

・「旧唐書」の日本国

・「旧唐書」の史料価値

・二つの「実」

・倭国と日本国の境界

・代表王者は、いつ交替したか

・不明の学問僧たち

・泰山の召集(p.375)

665(麟徳二年)八月以後、是に於て仁軌、新羅・百済・耽羅・倭人の四國の使を領し…

封禅(ほうぜん)の儀に出席しているのは倭であって、近畿奈良王朝は参列していない。665天智4(日本書紀)に対応する記事ない。

・唐からの使者

・二つの施設団

・年代の誤差

3)九州年号の発掘

・「海東諸国記」

・日本側の記録

・「襲国偽僭考」

・明治の学界

・昭和の学説

・わたしの論証

・公権力別在の証明

・僧聴という年号

・発倒とは?

・「兄弟」と「煩転」

・九州年号の最終証明

・九州年号研究史の問題性

4)仏教伝来と任那日本府

・戊午と壬申

・編者の選択

・「仏教伝来」の論証力

・任那日本府とは

・三面の史料

・「日本府」架空説

・「三国史記」の史料的性格

・日本兵、国に還らん

・朝鮮側からみた「倭と日本」

・珠玉の説話「堤上」

・死を誓って倭国に向かう

・「三国遺事」の描く「堤上」悲話

・君は逃れよ、我は留まる

・悲痛な説話の語るもの

第五章 九州王朝の領域と消滅

1)九州王朝の黄昏

・百済王子の人質と九州王朝

・筑紫の君、薩夜麻三十年ぶりの帰国

・葛城襲津彦と沙至比跪

・白雉と朱鳥

・蝦夷国

・「会丞」のエピソード

・残映

2)二つの金石文

・人物画像鏡

・福山氏の判読

・水野-井上説

・「寿」ではなく「泰」

・両者は対等の位置

・開中費直とは

・穢人今州利

・使者の性格

・大王と男弟王

・兄弟王朝

・大王の名

・わたしの論証

・「オシサカ」か「イシサカ」か

・無称号の理由

・天智称制の場合

・男弟王の特定力

・どのようにして伝来したのか

・船山古墳の太刀

・□でなく、獲

・金錫亨の解釈

3)九州王朝の領域

・漢代に始まった九州王朝

・三十国の領域と青銅器文化圏

・狗奴国の拠点

・范曄の狗奴国観

・狗奴国の地名比定

・邪馬臺国の領域

・遷都論

・読者に

4)結び-三つの真実

一、仮説について

二、「豪族」について

三、滅亡の原因について

あとがき

 

何か御気付きの点があれば御教示ください。
酒井 雁高(がんこう) 浮世絵・酒井好古堂主人 学芸員 curator
浮世絵・酒井好古堂 浮世絵鑑定家 [浮世絵学] 検索 http://www.ukiyo-e.co.jp
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