浮世絵学04/280s陳寿(233-297)/三国志 酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂)http://www.ukiyo-e.co.jp/38052
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1982-04-29現在(2022-05-21更新) 

浮世絵学:ukiyo-e study  浮世絵鑑定(肉筆浮世絵、錦絵):judge

SAKAI_gankow, curator, professional adviser of ukiyo-e

酒井 雁高(がんこう)(浮世絵・酒井好古堂主人) 

*学芸員 *浮世絵鑑定家 📞 Phone 03-3591-4678(東京・有楽町)

酒井 邦男(くにお)  酒井好古堂・副代表    *学芸員     *浮世絵鑑定家

100-0006東京都千代田区有楽町1-2-14(東京・有楽町 帝国ホテルタワー前) 

日本最古の浮世絵専門店

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御案内

G浮世絵学00 御案内 酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂)

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複製・復刻

R浮世絵学00/複製・復刻 酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂)

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ALL浮世絵学 記事一覧

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*1946、私、酒井雁高(がんこう)、(戸籍名、信夫のぶお)は、酒井藤吉、酒井十九子の次男として生まれた。生まれた時から、浮世絵に囲まれ、浮世絵博物館に組み込まれていたように思う。1966、兄・正一(しょういち)が冬山のスキー事故で死亡。いきなり、私に役目が廻ってきた。それにしても、子供が先に亡くなるとは、両親の悲しみは察して、余りある。母は、閉じこもったきり、黙ったままの父に、何も話すことが出来なかったという。

*1967、私は大学の経済学部を卒業し、すぐ文学部国文科へ学士入学。何とか、源氏物語など、各種日本文学、江戸文学も多少、学ぶことが出来、変体仮名なども読めるようになった。http://www.ukiyo-e.co.jp/wp-admin/edit-comments.php

*1982年以来、浮世絵博物館と一緒に過ごしてきた。博物館が女房替わりをしてくれたのかも知れない。

*それでは子供、というと、これら浮世絵学、1,171項目であろうか。一所(浮世絵学)懸命、学問としての浮世絵学を成長させてきたつもりである。今後も、御支援、御指導を賜りたい。2021-06-20酒井雁高・識

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日本で最古の浮世絵専門店。幕末の開明思想家・佐久間象山(1811-1864)(しょうざん)が、酒井義好(1810-1869)*よしたか の書齋を「好古堂」と命名しました。1982、酒井藤吉(とうきち)・十九子(とくこ)、酒井貞助(ていすけ)・富美江(ふみえ)、酒井泉三郎(せんざぶろう)・美代子(みよこ)らは、好古堂蒐集品を基として、父祖の地、松本市郊外に、日本浮世絵博物館を創立しました。

 

1803葵衛(齋藤秋圃)/葵氏艶譜

父・藤吉が亡くなってから、酒井信夫・雁高(がんこう)、そして酒井邦男が継承し、世界各地で65回の浮世絵展覧会を開催して今日に至っています。皆様のご指導ご鞭撻を御願い致します。

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 *Sakai Kohkodou Gallery  酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂主人) Japanese Traditional Woodblock Prints  

SAKAI_gankow, curator, professional adviser of ukiyo-e

2022 SAKAI, gankow   酒井雁高

 

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浮世絵学13/中国古典文学(金文)青銅器_酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂主人)

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金石文も、書籍(竹書)以上に重要

◯浮世絵学04/外題(三国志展、東博)三国志 酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂主人)

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◯280s陳寿(233-297)/三國志 魏志・蜀志・呉志

影印

*最古本(陳寿の自筆に最も近い)帰結、紹煕本(咸平六の重刻)。これまで流布(長澤規矩也、上海・涵芬楼版より写真を将来)していた紹興本は誤認による誤刻が多い。かつ、「中書門下 牒 蜀志 牒奉」が欠落している。ここに掲載するのは「咸平六年十月二十三日」、1958三國志  縮印百衲本二十四史(影印)(精装)(中文)上海の涵芬楼版で、紹煕本を底本。原本は宮内庁書陵部と刻記されている。初版は1931.08か。

1   1931*三国志 宋・紹熙本 三国志(四部叢刊)65巻 百衲本二十四史 *1958本

[(晉)陳壽撰 ; (劉宋)裴松之注]、台湾商務印書館、1931.8 20冊 20cm

(雁註)1931.08、この時点で、宮内庁書陵部本(紹熙本)を借り受けていたか。残念ながら、本書は所蔵していない。

*1975三国志(平・影印)紹煕本 百衲本二十四史(縮印版)(影印)(精装)台湾商務印書館

本書も所蔵していない。

2 1957盧弼/三国志集解 藝文印書館(台湾) *集解、しっかい

 

3 1958三國志  縮印百衲本二十四史(影印)(精装)(中文) 上海の涵芬楼版で、紹煕本を底本。原本は宮内庁書陵部にある。

*百は必ずしも、100の意でなく、数多くの意。

(雁註)「三國志」の外題が表紙に印刷されている。

 

(雁註)縮印百衲本二十四史・三國志の扉は、饕餮(とうてつ)?

文様の枠がある。縮印で、一頁に四面、表示されている。

商務印書館

 

(雁註)上海・涵芬樓・景印・中華學藝社、

借照日本帝室圖書寮蔵・宋紹煕刊本、

原闕魏志三巻、以涵芬樓・宋紹興刊本配補

*景印=影印の意 *闕けつ=欠けている巻

 

(雁註)上三國志注表 臣松之…(p.1)

謹言 元嘉六年七月二十四日中書侍郎西郷侯臣裴松之上

(雁註)上三國志の「上」は、どのような意味だろうか

(雁註)元嘉六(425+5=430)

三國志目録上(p.2)三國志目録中(p.420)三國志目録下(p.528)

 

(雁註)目録の東夷(夫餘・高句麗・東沃□・挹婁・濊・馬韓・辰韓・弁韓・僂韓)に倭人傳はない。「僂韓」に「倭人傳」がある。僂は卑字で、背中の曲がった意。(p.4)

これは「曲がる」(御辞儀)の象形文字で、「委」(曲がる)。「委奴(ゐど)」である。イ偏を付して、委(ゐ)の人々、「倭」。音が替わり、「ワ」。しかし、倭、本、「委」とある。委が先で、倭が後である。委は倭の省略字体ではない。決して、逆ではない。(雁註)倭人傳、注意して原文を見ると、倭傳ではない、倭人傳となって、地域+人々+傳となっている。倭の人々が、百カ国もあり一様でないことを理解していたのだろう。(p.415)

 

(雁註)古田武彦先生が紹介していたが、この牒の表示は本書以外に見当たらない。

しかも「中書門下 牒 蜀志 牒奉 … 咸平六年十月二十三日(p.420¸)」

紹煕本は、咸平六年の重刻本で、最も古い刊本である。

1004(咸平六)

1131-1150(紹興)

1190-1194(紹煕)

紹煕は紹興より、年代は後であるが、咸平の重刻で、127年ほど古い版である。

(雁註)1958縮印百衲本二十四史・三國史(一冊)の奥付があるが、本来、支那書籍に奥付はない。西欧と同様、扉の見開きに書誌データがある。商務印書館出版(北京)、商務印書館上海印刷厰印刷(上海)とある。

4 1975三國志 全5、中華書局*評点本 三国志(魏志3、蜀志1、呉志1)

段落、句読点、傍線(固有名詞)が施され、読み易くなっている。句点は『,』[ ]( )なども適宜、施されている。これまでの支那漢籍は、句読点がなく、読者が自分で朱など句読点を施している。従って評点者によって、句読点の位置が微妙に違うことがある。

(雁註)三國志刻本、四種の内、一の百衲本に宋・紹興本と紹煕本の二つが紹介されている。誤刻がある。目録 巻三十 僂韓(紹興本p.4)→倭人傳(紹興本)、邪馬壹國(紹煕本p.415)→邪馬臺國(紹興本)、東治(紹煕本p.416)→東冶(紹興本)。

 

評点本(段落、句読点、固有名詞、地名、人名)が最良と思われる。蜀志1、呉志1。なお中華書局から、地名引得、人名引得が出版されている。陳寿の本文は簡潔過ぎるが、同時代史として慎重に筆禍を避けて、魏を正統の王朝として描いている。裴松之ほかの注が陳寿の本文の約三倍ほどになっている。

岩波本(白珠五千孔、青大句珠二枚)→評点本(白珠五千、孔青大句珠二枚)*句読点の位置を変更

5 1981盧筆/三国志集解 中華書局(北京)

 

 

 

6 1985今鷹 真ほか/三国志 全3 現代語訳 筑摩書房 (現代語訳)   *文庫本もある

正史の三国志を忠実に日本語に翻訳している。陳寿の本文のほか、約三倍ほどある諸注を忠実に訳してある。今鷹先生は上海生まれ。

 

◯羅貫中(1330?-1400?)/三国志演義

これら正史の注を膨らませて、後に羅貫中(1330?-1400?)/三国志演義が刊行されている。七分は事実であるが、三分は虚構である。

なお、お気づきの点があれば、御教示ねがいたい。

酒井 雁高(がんこう) 学芸員 curator

浮世絵・酒井好古堂    http://www.ukiyo-e.co.jp/

文化藝術懇話会

100-0006東京都千代田区有楽町1-2-14

電話03-3591-4678 Fax03-3591-4678

E-mail: gankow@gmail.com



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