浮世絵学04/外題(組上燈籠考_)1971高根宏浩(1902-1979)/組上燈籠考、私家版 酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂)  http://www.ukiyo-e.co.jp/40067
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1982-05-25現在(2019-07-07更新)  ✓検索 浮世絵学 ◯◯  
 
組上燈籠(くみあげとうろう)について最初に纏めた書物である。上方(かみがた)では、既に立版古(たてばんこ)、起し絵(おこしえ)と称して、台紙に糊代を貼り、「組上」(くみあげ)(切組)する「おもちゃ絵」があった。当初、高価な燈籠を買えない人々のために、紙で組み上げる「組み上げ燈籠」が流行った。後に「燈籠」の名前は消滅して、単に「組上」と呼ぶようになり、芝居の書き割りのような仕立てとなった。
 
(雁註)この組み上げ燈籠、何とか組み上げてみたいが、元を知らないので、左上角の出来上がり図だけ
では、作れない。
 
(宏注)組上燈籠の全盛、1892-1917(明治25.26-大正5.6)まで。
(宏注)版元は浅草・牧金之助が芝居小屋と組んで、専売のようにして、売り出していた。
(宏注)盆の上に勾配を付けなければ飾れない。
組上燈籠の舞台。絵の枚数により違うが、間口は二尺三寸(70センチ)乃至二尺七寸(80センチ)、奥行は一尺三寸(40センチ)で、奥へ行くほど、間口を狭める。下部に勾配をつけた漏斗型の枠を作る。
 
 *亡くなって40年ほど。私家版で、ご存知の方も少ないので、学術のため、全ページを掲載した。
(雁註)作品に番号がないので、区切りが分からず、浮世絵学の入力も不備である。しかし組上(くみあげ)について、これほど詳細に記録したものはない。高根氏が、小さい頃から、芝居好きで、組上を実際に作ったからである。
 
 *初代は組上ゲを描いていない。
國政(くにまさ) 歌川〜                       1773-1810(38) *組上なし
 
◯組上の絵師  
國政2(くにまさ2)                       -1820s-1830s-
國政3(くにまさ3) 梅堂國政                  –1830s-1840s(天保)   三代國政3
國政4(くにまさ4)→梅堂豊齋(ほうさい) 1858-1868(安政5-明治1) 四代國政(10-20)1848-1920(73)
國政5(くにまさ5)            1891(明治24)      五代國政5 
 1891(明治24)  國政5         
  1901(明治34)  柳蛙(りゅうあ)               
(雁註)1840s-1858(天保-安政) この期間、國政は三代?四代?、該当しない。
 
◯井上和雄/浮世絵師伝

1  國政2(-1830s-1840s-)

1893虚心/浮世絵師便覧20h ○國政2 歌川、○一世豊國門人二世國政、長文齋と號す、山下氏、俗稱勇藏、錦畫、○天保。

2  國政2(-1820s-1830s-1842-) *初代豊國門人

1820s(文政) 二代國政 

1820s-1830s 二代國政2

1830s(天保)二代國宗2 

1830s-1842 二代國宗2

1842(天保13) 二代國宗2(廣益諸家人名録)

1931井上/浮世繪師傳057b 國政2(二代) 二代國宗の前名。(二代國宗の項参照) (雁註)→357國宗2

1931井上/浮世繪師傳059b 國宗2(二代)*國政2(初名)國宗2(後名)
【生】         
【歿】
【畫系】初代豊國門人  
【作畫期】文政〜天保
歌川を稱す、山下氏、俗稱勇藏、文政中二代國政を名乘りし
が、天保に入りて二代國宗を襲名し、長文齋と號す、居所芝
柴井町、天保十三年版『廣益諸家人名録』二編には、國宗と
して出でたり。

3  國政3(豊國4)(1823-1880) *三代豊國門人

三代豊國3(実ハ四代豊國4)、梅堂

1830s-1840s(天保) 三代國政3

1847(弘化4) 二代國貞、一壽齋・梅蝶樓

1847-1869(嘉永1-明治2)二代國貞2 

1870-1871(明治3-4) 三代豊國3(実ハ四代豊國4) 香蝶樓・一陽齋・寶來舎

1880(明治13)没

1931井上/浮世繪師傳057c 國政3(三代)*國貞2(後名)、豊國4(更名) 【生】         【歿】 【畫系】三代豐國門人   【作畫期】 後ち國貞(二代)と改め、更に四代豐國を襲名す。(四代豐國 の項参照)(雁註)→920豊國4

1931井上/浮世繪師傳135

豐國4(四代)*梅堂 一壽齋・梅蝶樓國貞2
【生】文政六年    
【歿】明治十三年七月廿日/五十八
【畫系】三代豐國門人  
【作畫期】弘化〜明治
歌川を稱す、幼名政吉、後ち清太郎と改む、中川沿岸大島村
の農家の生れなり(大正十五年三月號『新小説』所載、樋口
二葉氏の文に據る)。始め三代豐圖を名乘り、梅堂と號す、弘
化三年師の女婿となりて二代國貞の名を繼ぐに及び、一壽齋・
梅蝶樓と號し、明治三四年頃更に三代(實は四代)豐國とな
りて、香蝶樓・一陽齋・寶來舎など號せり、師の龜戸の舊居に
住す。墓所龜戸(天台宗)光明寺、法名を三香院豐國壽貞信
士といふ。

4  國政4(1848-1920)(73)

1858(安政5)(10) 四代國政を名乘り梅堂、三代豊國門下 *10歳で四代國政襲名

1858-1868(安政5-明治1) 四代國政(10-20)

1869(明治2)  二代國貞(21)

1869-1888(明治2-明治21) 二代國貞(21-40)

1889(明治廿二年) 三代國貞(四代豊國) 梅堂豐齋

 

1931井上/浮世繪師傳057d 國政4(四代) 【生】         【歿】 【畫系】        【作畫期】 三代國貞(梅堂豐齋)の前名。(三代國貞の項参照) (雁註)→274國貞3

國貞3(三代)
【生】嘉永元年     
【歿】大正九年十月廿六日/七十三
【畫系】三代豊國及四代豊國門人
【作畫期】慶應〜明治
歌川を稱す、竹内氏、名は榮久、幼名朝太郎、同胞四人のう
ち彼は長男なり、其が生地は日本橋なるが、生後間もなく一
家は深川富川町に移れり、彼十一歳即ち安政五年に三代豐國
の門に入り、豐國歿後は二代國貞(後ちに四代豐國)に學ぶ
所あり(大正十五年三月號『新小説』所載、樋口二葉氏の文
に據る)、初め四代國政を名乘り梅堂と號せしが、明治廿二年
三代國貞を襲名し、香朝樓と號す、又別號を梅堂豐齋(芳齋
とも)と云へり、畫く所俳優似顏繪最も多く。就中、市川左
團次(先代)を寫すに得意なりしが如し。居所蠣殻町二丁目
後ち淺草田町に移る。

 

5 國政5

1931井上/浮世繪師傳057e 國政5(五代) 【生】         【歿】 【畫系】四代國政門人か  【作畫期】 梅堂と號す、姓氏其他詳ならず、明治廿六年及び廿七年版の錦繪に「五代目國政筆」と落款せるものあり。

6 小國政

1931井上/浮世繪師傳069h 小國政 *柳蛙(後名) 【生】          【歿】 【畫系】三代國貞の長男  【作畫期】明治 竹内氏、初め父に學びしが、後ち飯島光峨の門に入り、柳蛙 と號せり、日清戦争其他の錦繪あり。

 
 
1966肥田皓三/立版古考/浮世絵藝術12-11
1971高根宏浩(1902-1979)/組上燈籠考、私家版
 
 
             図版1(1) 
 
図版2(2-1)
 
 
図版3(2-2)
 
 
図版4(3-1)
 
 
図版5(3-2)
 
図版6(4-1)
 
 
 
図版7(4-2)
 
 
図版8(4-3)
 
 
 
図版9(5-1)+図版10(5-2)
 
図版11(5-3)
 
 
図版12(6-1)
 
 
図版13(6-2)
 
 
図版14(7-1)
 
 
図版15(7-2)
 
 
図版16(8-1)
 
 
図版17(8-2)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
1975銀花(21)おもちゃ絵、文化出版局
1982瀬田貞二/落穂ひろい 日本のこどもの文化をめぐる人びと 上下、福音館書店
1995芝居おもちゃ絵の華麗な世界(演劇博物館・協力)
2010(玉川大学、松竹図書館)/(鈴木コレクションおもちゃ絵の世界)
 
おもちゃ絵(組上燈籠などを含む)
 
 
何か御気付きの点があれば御教示ください。
酒井 雁高(がんこう) 浮世絵・酒井好古堂主人 学芸員 curator 
浮世絵・酒井好古堂 浮世絵鑑定家 [浮世絵学] 検索 http://www.ukiyo-e.co.jp 
SAKAI_gankow,  curator,  professional adviser of ukiyo-e
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