浮世絵学04/外題(三国志展、東博)三国志 酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂主人) http://www.ukiyo-e.co.jp/40771
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浮世絵学04/外題(三国志展、東博)三国志 酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂主人) http://www.ukiyo-e.co.jp/40771

1982-05-25現在(2019-07-22更新)  ✓検索 浮世絵学 ◯◯  http://www.ukiyo-e.co.jp/40771
酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂主人)   http://www.ukiyo-e.co.jp
SAKAI_gankow,  curator,  professional adviser of ukiyo-e
Sakai Kohkodou Gallery, the oldest gallery of ukiyo-e in Japan  

2019-07-09東博(平成館)にて、三国志展が開催された。

魏の曹操(155-220)の画像でなく、蜀の関羽(?-219)の像が展示されていた。

この関羽の像は清・後代のものである。

曹操はリアルな顔を見せていない。刺客による暗殺を恐れていたからである。

三国志(陳寿)以前、漢書(班固)を含めて、古代支那は刺客、暗殺の歴史である。

史記(司馬遷)列伝には、五人刺客傳が詳細に記されている。

展覧会期間、2019-7.9-9.16、金土曜日は夜9.00まで

西島勉さんを誘って、夜、出掛けた。撮影OKで、皆さん、喜んでいた。

会場が平成館二階全面であったので、たっぷり二時間、見て歩くだけでも疲れた。

JR上野駅の高架下のスペインバルで一杯、飲んだ。

 

A  280s陳寿(233-297)三国志この原本の典拠は何の版本か。明確になっていない。

 紹興本≠紹熙本 *紹興本は不可。三国志・当時の版本は紹熙(しょうき)本でなければならない。

 紹熙本を紹介する。この三世紀・原本は世界に一本しか無いので、これまで「邪馬壹(やまいち)國」が把握できなかった。

 紹熙本(紹興本)

 邪馬壹國(邪馬臺國) 東治(東冶) 好古都=はかた *発音通り漢字を当て嵌めた

 流布本は紹興本、「邪馬臺(やまたい)國」であり、これは五世紀・後代の版本。

(雁註)日本帝室図書寮より借照とある。

(雁註)東夷の末に「僂韓」と記されている。

「せむし」、背中が曲がっている人。

金印「漢委奴國王」の「委奴」(ゐど)。

「御辞儀」の習俗がなく、言葉もない。

象形文字で「委」(ゐ)、曲がると表現した。

 

(雁註)原本に「邪馬壹國」と明確に刻記されている。

(雁註)蜀志の牒、「咸平六年」と刻記

 三国志以前であるが、邪馬壹國の前身である、

57「委奴」(ゐど)國についても言及がない。

B 尺度:長さの単位、里程 1里=75m(短里) 

 朝鮮半島を方4,000里と記してある。西→東 4,000里 北→南 4,000里 あと4,000里で邪馬壹國

 *220-264魏 陳寿/魏志、短里を使って記している。長里(434m)ではない。

 *周髀算経(100BC-200BC)により、1里=75m  と算出されている。

   1里=300歩x6尺=75m(短里)  1尺=4.16cm

 つまり、邪馬壹國は博多湾岸となる。好古都、これは「はかた」と古代支那音、現代音でも発音できる。

 当時、首都が國(くに)の意である。つまり、好古都(はかt)は城壁で守られた「國」(くに)であった。

 省、郡、県、國と狭い地域になる。

  しかも、当時の古代支那は中原(関中)の國々だけ、狭い地域という認識が必要不可欠である。

 *257年より少し前?、魏の尺度(p.141)。1里=434m(長里)、本来は短里(75m)のはず。

 1里=300歩x 6尺=434.16m(長里) 1尺=24cm 1寸=2.4cm 

 3世紀の地図に、当時、存在しない地名(東京、奈良)などと記してはいけない。

C  三国志と三国志演義を一緒に議論してはいけない。全く時代が違い、しかも演義は小説である。

 蜀の劉備、関羽、張飛らの桃園義兄弟、これは演義の創作であり、史実ではない。

しかも、関羽、張飛の生年は正史に書かれていないため、創作の演義から新たに創作した?

中華書局から三国志の地名、人名が詳細な索引となっている。しかし正史に関羽、張飛の生年は書かれていない。

 三国志(正史)≠三国志演義  

 280s陳寿(233-297)三国志

 1360s羅 貫中(-1364-)/三国志演義 *これは小説で、史書ではない 

  *1321-1323元末明初/三国志平話(三分事略)、七分事実で三分は虚構

図録から面白そうな図版を紹介する。

(雁註)実際の赤壁は何箇所かあるようだ。

 

(雁註)張飛、督郵を鞭打つ。張飛は西域人のように髪が赤い

(雁註)食料に困らないよう、死者に玉(ぎょく)製の豚を握らせた。

 

(雁註)玉(ぎょく)製の觽(けい)、結び目を解く道具。

(雁註)酒樽(しゅそん)、後漢時代、張将軍の墓に副葬されていた。

(雁註)涼州(現在の甘粛省)の張将軍の儀仗俑(ぎじょうよう)。

董卓(とうたく)と関連があった。

(雁註)鏡台(右)、多層灯(左)

多層灯は土製であるが、130cmもあり、四個を積み重ねている。

 

(雁註)三連穀倉楼、円筒形の穀倉は農作物の貯蔵庫。

魚介類の採取では人口は増えない。玄米など富の蓄積があった。

(雁註)当時の人口、767万人(263AD)。

(雁註)石も重要な武器であった。

(雁註)ブーちゃん(豚)が囲いに入れられている。

子豚が母豚の乳を呑んでいる。

魏の黄河周辺では、人糞が餌であった。

東南アジアでも、家屋の下で豚を飼っていた。

イスラム圏では、その噂が拡がり、不潔、非衛生として食用としなかった。

 

(雁註)104(永元十六)、四川省の官営工房で鍛造された書刀。紙が未だ普及していない。

木簡、竹簡に墨、漆で書いた。修正する時、書刀で削った。

 

(雁註)石牌(せきはい)、残念なことに見損なった。

「魏武王常所用挌虎大戟」、武王は諡(おくりな)で、やや不自然。

 

(雁註)青磁、白磁である。後漢から三國にかけて、磁器があったとは驚きである。

 

(雁註)腰のベルトを止めるバックルである。

この種の動物衣裳のバックルはスキタイが本場である。

騎馬民族の原点となる。

(雁註)筆、書刀

(雁註)紹熙本と思われるが、何処にも記載がない。宮内庁の紹熙本は魏書の下に押印がある。

 

(雁註)墳墓に埋葬する明器(めいき)であるが、灰釉陶(かいゆうとう)が後漢に作られていた。

呉の青磁は、銭塘江の支流、曹娥江の中流域、紹興酒で有名な紹興市である。

 

(雁註)三国志の人気、三国志演義を含めて、 川本喜八郎(1925-2010)の人形劇「三国志」が大きな

影響を与えている。川本は1982-1984に掛けて、NHKで「人形劇三国志」を放映した。

人形は川本の品格が投影され、魂が入れられている。

このため、視聴者は人形と一緒に一喜一憂した。

放映が終わると魂が抜けたように、視聴者は人形劇に吸い込まれていった。

*むろん、横山光輝(1934-2004)のアニメの影響もある。

その他、関連の下記をご覧ください。

浮世絵学13/中国古典文学(金文)青銅器_酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂主人)
http://www.ukiyo-e.co.jp/11374

浮世絵学(支那學・原字)(げんじ)、甲骨文、金文、石鼓文の原文字の意 酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂主人)
http://www.ukiyo-e.co.jp/11568

浮世絵学(支那學・九州年号:卑弥呼、応神王朝、仁徳王朝、筑紫磐井君、継体王朝、欽明王朝、多利思北孤)酒井雁高 浮世絵・酒井好古堂主人 
http://www.ukiyo-e.co.jp/26571

浮世絵学(支那學・文化藝術懇話会64a)1971古田武彦/「邪馬台国」はなかった 魏志(影印)九州王朝* 帰結、ずばり「邪馬台國」は九州(阿蘇山があるので確定) 酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂)
http://www.ukiyo-e.co.jp/36642

浮世絵学(支那學・文化藝術懇話会66)1975古田武彦/盗まれた神話 九州王朝* 酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂)

http://www.ukiyo-e.co.jp/36655

浮世絵学(支那學・文化藝術懇話会65)1971古田武彦/失われた九州王朝* 酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂)
http://www.ukiyo-e.co.jp/37294

浮世絵学(支那學・文化藝術懇話会64b)280s陳寿(233-297)/魏志(三國志) 656魏徴(580-643)/隋書 邪馬台国 帰結、ずばり九州(阿蘇山と書かれている)(古田武彦/九州王朝*)酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂)
http://www.ukiyo-e.co.jp/37460

浮世絵学(支那學・漢文研究法)1913狩野直喜/漢文研究法 酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂主人)
http://www.ukiyo-e.co.jp/37653

浮世絵学(支那學・經籍籑詁)1798阮元/經籍籑詁ケイセキセンコ 酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂主人)
http://www.ukiyo-e.co.jp/37727     *「委」、曲がる。*「倭」、元「委」。

(雁註)倭は、經籍籑詁が示しているように、委の人々(委奴)として、イ(にんべん)を付して造られた。

浮世絵学(支那學・文化藝術懇話会)280s陳寿(233-297)/三国志 酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂)
http://www.ukiyo-e.co.jp/38052

浮世絵学(支那學・金印「漢委奴國王」)2019酒井雁高/「委奴」の新解釈(真解明) 酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂主人) *廣陵侯印などは出品されていなかった。

http://www.ukiyo-e.co.jp/39091

浮世絵学(支那學・九州年号:九州王朝の系譜)酒井雁高 浮世絵・酒井好古堂主人 
http://www.ukiyo-e.co.jp/39816

浮世絵学(支那學・文化藝術懇話会67)1987古田武彦/倭人伝を徹底して読む 酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂)
http://www.ukiyo-e.co.jp/40406

何か御気付きの点があれば御教示ください。
酒井 雁高(がんこう) 浮世絵・酒井好古堂主人 学芸員 curator 
浮世絵・酒井好古堂 浮世絵鑑定家 [浮世絵学] 検索 http://www.ukiyo-e.co.jp 
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