浮世絵学04/外題(清親考)1975小林哥津(かつ)/清親考、素面の会(添田知道) 酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂)   http://www.ukiyo-e.co.jp/41704 
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1982-04-29現在(2022-05-19更新) 

浮世絵学:ukiyo-e study  浮世絵鑑定(肉筆浮世絵、錦絵):judge

SAKAI_gankow, curator, professional adviser of ukiyo-e

酒井 雁高(がんこう)(浮世絵・酒井好古堂主人) 

*学芸員 *浮世絵鑑定家 📞 Phone 03-3591-4678(東京・有楽町)

酒井 邦男(くにお)  酒井好古堂・副代表    *学芸員     *浮世絵鑑定家

100-0006東京都千代田区有楽町1-2-14(東京・有楽町 帝国ホテルタワー前) 

日本最古の浮世絵専門店

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御案内

G浮世絵学00 御案内 酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂)

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複製・復刻

R浮世絵学00/複製・復刻 酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂)

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*1946、私、酒井雁高(がんこう)、(戸籍名、信夫のぶお)は、酒井藤吉、酒井十九子の次男として生まれた。生まれた時から、浮世絵に囲まれ、浮世絵博物館に組み込まれていたように思う。1966、兄・正一(しょういち)が冬山のスキー事故で死亡。いきなり、私に役目が廻ってきた。それにしても、子供が先に亡くなるとは、両親の悲しみは察して、余りある。母は、閉じこもったきり、黙ったままの父に、何も話すことが出来なかったという。

*1967、私は大学の経済学部を卒業し、すぐ文学部国文科へ学士入学。何とか、源氏物語など、各種日本文学、江戸文学も多少、学ぶことが出来、変体仮名なども読めるようになった。

*1982年以来、浮世絵博物館と一緒に過ごしてきた。博物館が女房替わりをしてくれたのかも知れない。

*それでは子供、というと、これら浮世絵学、1,171項目であろうか。一所(浮世絵学)懸命、学問としての浮世絵学を成長させてきたつもりである。今後も、御支援、御指導を賜りたい。2021-06-20酒井雁高・識

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日本で最古の浮世絵専門店。幕末の開明思想家・佐久間象山(1811-1864)(しょうざん)が、酒井義好(1810-1869)*よしたか の書齋を「好古堂」と命名しました。1982、酒井藤吉(とうきち)・十九子(とくこ)、酒井貞助(ていすけ)・富美江(ふみえ)、酒井泉三郎(せんざぶろう)・美代子(みよこ)らは、好古堂蒐集品を基として、父祖の地、松本市郊外に、日本浮世絵博物館を創立しました。

 

1803葵衛(齋藤秋圃)/葵氏艶譜

父・藤吉が亡くなってから、酒井信夫・雁高(がんこう)、そして酒井邦男が継承し、世界各地で65回の浮世絵展覧会を開催して今日に至っています。皆様のご指導ご鞭撻を御願い致します。

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 *Sakai Kohkodou Gallery  酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂主人) Japanese Traditional Woodblock Prints  

SAKAI_gankow, curator, professional adviser of ukiyo-e

2022 SAKAI, gankow   酒井雁高

 

2018 SAKAI gankow

 

2020 SAKAI kunio

*現在、ファックスは使えません。

 

http://www.ukiyo-e.co.jp/69501  ◀ 浮世絵学01/落款(えし)ひらがな五十音順 伝記集成+総目録 酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂)

 
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(雁註)驚いたこに、清親(きよちか)は本名、本姓は小林。師がなく、独自に銅版画、石版画を研究して、1876-1881(明治9-14)光線を採り入れ、これまでと全く違う新な浮世絵を開拓した。つまり、銅版画の光の当たる部分を線と点で表現した。これは当時の浮世絵景色画とは全く違った。枠外に英文が入り、外国向けに輸出されたようだ。しかし、日本では時期尚早、受け入れられなかった。

清親は東京名所(とうけい めいしょ)の水彩画をスケッチ帖で描いていた。これを最初に見た大黒屋平吉が、1876(明治9)が外国向けに発刊した。

◎1969酒井藤吉(編)酒井コレクションII  清親 東京名所(とうけい)、日本浮世絵保存会(日本浮世絵博物館の前身)

*この図録に全93点、掲載されている。

◎1975小林哥津/清親考、素面の会 *1977吉田漱/最後の浮世絵師 小林清親、これに、殆ど(p.1-144)が転載されている。

*小林哥津さん、実に良い顔をしていらっしゃる。清親も全く、同じと考えて良い。

ここでは、それ以外の肉筆画帖(モノクロ)、親族の哥津への憶いをデジタルで掲載する。

(雁註)哥津(78)さんの良い表情の写真

長女理子(1928- )まさこ 1959ルピカール・カミーユ(ふらんす)に嫁ぐ

次女喜子(1934- )ひさこ 1962柴田総一に嫁ぐ

海津松子(三男・道夫の妻)

在ブラジルの海津道男(三男)が14年ぶりに帰国、その時、撮影

きれぎれに 添田知道(1902- 1980)

「きのうは<おカネは大切>といふお話をしましたね。今日は、その<お金よりもっと大切なもの>、

といふお話ですよ–だれか、わかってゐる人は、–手をあげて」

「はいっ–」間髪を入れぬ手があがった。

「はい、では◯◯さん」

指された女の子が立ちあがるなり、

「–忠兵衛さんです」

古いことになるが、小林哥津さんと座談中に出てきた一齣である。

(雁註)これは素晴らしく記憶に遺る言葉だ。

 

(雁註)それにしても、この肉筆画帖は何処にあるのだろう。清親の三女の子息、菊野和夫が全画帖を複製すると計画していたが、急逝して、その後、画帖そのものの消息が分からない。何方か、ご存知の方があれば、お知らせ願いたい。

哥津子(1894-1974)(かつ)は清親の五女。娘が見て、感じた清親が、そのまま描き出されている。1911、雑誌青鞜の編集助手。戯曲、小説を書く。本書の草花の絵は、哥津が70歳過ぎてから描いたもの。

500部と少ない第一級の伝記である。迂闊なことに、本書を入手していなかった。浮世絵博物館の書棚にも無かったように思う。もっとも、あっても読んでいなかったのかも知れない。清親の実像が良く分かる貴重な親族の証言である。

1977吉田漱/最後の浮世絵師 小林清親、蝸牛社 *これは1975小林哥津/清親考、この外題替えである。貴重な清親の画像はない。また親族の哥津さんの追憶も削除されている。

清親(1847-1915)(69)

1847(弘化4)清親、生まれる

1853(嘉永6)芳子、生まれる

長女、狩野權柄氏に嫁した、

三女(夏子)、菊野源太郎氏に嫁した、

四女(哥津子)、小林祥作氏に嫁した *哥津は五女?

1912(明治45)夫人芳子没(58)

1915(大正4)清親、没(69)

何か御気付きの点があれば御教示ください。 酒井 雁高(がんこう) 浮世絵・酒井好古堂主人 学芸員 curator 浮世絵・酒井好古堂 浮世絵鑑定家 

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SAKAI_gankow,  curator,  professional adviser of ukiyo-e 文化藝術懇話会

100-0006東京都千代田区有楽町1-2-14 電話03-3591-4678 



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