浮世絵学04/懇話会72  瀬田貞二/落穂ひろい11 酒井雁高 浮世絵・酒井好古堂 http://www.ukiyo-e.co.jp/46131
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1982-04-29現在(2022-06-16更新) 

浮世絵学:ukiyo-e study  浮世絵鑑定(肉筆浮世絵、錦絵):judge

SAKAI_gankow, curator, professional adviser of ukiyo-e

酒井 雁高(がんこう)(浮世絵・酒井好古堂主人) 

*学芸員 *浮世絵鑑定家 📞 Phone 03-3591-4678(東京・有楽町)

酒井 邦男(くにお)  酒井好古堂・副代表    *学芸員     *浮世絵鑑定家

100-0006東京都千代田区有楽町1-2-14(東京・有楽町 帝国ホテルタワー前) 

日本最古の浮世絵専門店

1803葵衛(齋藤秋圃)/葵氏艶譜


御案内

G浮世絵学00 御案内 酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂)

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複製・復刻

R浮世絵学00/複製・復刻 酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂)

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*1946、私、酒井雁高(がんこう)、(戸籍名、信夫のぶお)は、酒井藤吉、酒井十九子の次男として生まれた。生まれた時から、浮世絵に囲まれ、浮世絵博物館に組み込まれていたように思う。1966、兄・正一(しょういち)が冬山のスキー事故で死亡。いきなり、私に役目が廻ってきた。それにしても、子供が先に亡くなるとは、両親の悲しみは察して、余りある。母は、閉じこもったきり、黙ったままの父に、何も話すことが出来なかったという。

*1967、私は大学の経済学部を卒業し、すぐ文学部国文科へ学士入学。何とか、源氏物語など、各種日本文学、江戸文学も多少、学ぶことが出来、変体仮名なども読めるようになった。http://www.ukiyo-e.co.jp/wp-admin/edit-comments.php

*1982年以来、浮世絵博物館と一緒に過ごしてきた。博物館が女房替わりをしてくれたのかも知れない。

*それでは子供、というと、これら浮世絵学、1,175項目であろうか。一所(浮世絵学)懸命、学問としての浮世絵学を成長させてきたつもりである。今後も、御支援、御指導を賜りたい。2021-06-20酒井雁高・識

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日本で最古の浮世絵専門店。幕末の開明思想家・佐久間象山(1811-1864)(しょうざん)が、酒井義好(1810-1869)*よしたか の書齋を「好古堂」と命名しました。1982、酒井藤吉(とうきち)・十九子(とくこ)、酒井貞助(ていすけ)・富美江(ふみえ)、酒井泉三郎(せんざぶろう)・美代子(みよこ)らは、好古堂蒐集品を基として、父祖の地、松本市郊外に、日本浮世絵博物館を創立しました。

父・藤吉が亡くなってから、酒井信夫・雁高(がんこう)、そして酒井邦男が継承し、世界各地で65回の浮世絵展覧会を開催して今日に至っています。皆様のご指導ご鞭撻を御願い致します。

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 *Sakai Kohkodou Gallery  酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂主人) Japanese Traditional Woodblock Prints  

SAKAI_gankow, curator, professional adviser of ukiyo-e

2022 SAKAI, gankow   酒井雁高

 

 

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1982瀬田貞二/落穂ひろい、福音館書店

1971-1975雑誌/母の友に連載 日本の子どもの文化をめぐる人びと

第十一章 大正

一 大正という時代(p.227)

 1900エレン・ケイ*(1846-1926)/児童の世紀 *原田実(訳) スウエーデンの女教師 

 こどもの立場、こどもの生活

二 中西屋の絵本・中勘介・野上彌生子(p.229)

 1911-1915(明治44-大正4)日本一ノ画噺 全35 中西屋 非水、岡野栄、小林鐘吉 

  杉浦非水(1876-1965)

 1913(大正2)/お伽手工画噺 全5 

 1912(大正1)倉田白羊(1881-1938)/孝子画噺 

 1912(大正2)鹿島鳴秋/オハナシ 全5 細木原静岐(青起)、橋本雅邦、太田三郎、岡野栄

・ある転回 

 1897(明治30)若松賤子(訳)/小公子  

 1912(大正2)中勘助/銀の匙、朝日新聞 *漱石の推薦

 1920(大正9)ヨハンナ・スピリ/ハイヂ 野上彌生子(訳) 

三 芳水・夢二・ヨヘイ(p.238)

・少年詩集の出現(p.238)

 1906(明治39)日本少年 *少年世界に対抗して始められた 

 有本芳水(1886-1976) 日本少年の主筆になる  *龍子と夢二(挿絵)が受けた

 1914(大正3)芳水詩集

 島村抱月が、逍遥を立てて、早稲田派をひっぱる 

・竹久夢二の出現(p.242)

 竹久茂次郎(1884-1934)詩人か画家、こま絵、草画(そうが)

 1909(明治42)夢二/春の巻、洛陽堂 カット画集

 1913(大正2)夢二/どんたく *少年詩集 大正4.5.6 女子美の笠井彦乃(しの)と同棲

 (詩人・秋山清)身近に分かる、その詩のなかに、自分と同じような幼い感動のようなものがある

・こま絵のヨヘイ(p.247) こま絵、カット、草画 本文とは関係ない

 宮崎与平(1889-1912)ヨヘエ

四 子供之友・コドモ・猿飛佐助(p.251)

・子供之友発刊 羽仁もと子(1873-1957)

・コドモ社の創立 画家・川上四郎

・猿飛佐助の出現 立川文庫 横田商会(日活の前身)二代目尾上松之助(1876+1926)目玉の松ちゃん

五 新少女・模範家庭文庫・三重吉・泣菫(きゅうきん)(p。259)

・新少女について 夢二の表紙

・模範家庭文庫の発足 夢二画・文

・童話への転針 

・詩としての子ども唄 

六 高木俊雄・松村武雄・水田光(p.288)

・童話研究事始め 

 高木敏雄(1876-1922)神話学

 松村武雄(1883-1969)*五高で高木からドイツ語を教わった

・ストーリー・テリング事始め

 水田光(みつ)

・グリムとイソップ 

 中島茂一・孤島(1878-1946)

七 楠山正雄・岡本帰一・清水良雄・水島爾保布(p.298)

・楠山正雄の業績

 楠山正雄(1884-1950) 大正期の児童文学(鈴木三重吉、赤い鳥)、単行本の向上は楠山に負うところが多い。

 1919(大正8)抱月の死と松井須磨子の自殺、芸術座が解散

 1919(大正8)世界童話宝玉集 楠山正雄(訳)、岡本帰一(画)

 1920-1921(大正10-11)日本童話宝玉集 上下 100篇の説話集成 (中野重治)便利この上ない本)

 1942-1945(昭和17-20)日本神話英雄譚宝玉集 六冊

・岡本帰一由来  楠山は画家の選定が上手かった 岩岡とも枝、武井武雄、河口梯二、初山滋、小村雪岱、岡本帰一

 岡本帰一(1888-1930)

 鈴木三重吉と清水良雄 *三重吉は我武者羅な破滅型

 鈴木三重吉(1882-136) *帰一の絵は甘い

 清水良雄(1891-1954) *三重吉は良雄を好んでいた そして赤い鳥

 水島爾保布(1884-1958) *ビアズレーに近い

八 大正の子ども(p.310)

・風俗史から 植草甚一(1908-1979)どんどん焼き、もんじ焼き 池波正太郎(1923-1990) 

 川端康成(1899-1972)、高見順(1907-1965) どんどん焼きをお好み焼きと呼びだした

・おもちゃと遊び道具 明治の清水晴風(1851-1913) 大正の川崎巨泉(1877-1942)

 (内田魯庵)何でも集めてみれば趣味を生ずる

 (瀬田)大正末期に小学生 ベイゴマ、メンコ、剣玉(けんだま) 日光写真

・戸外の遊び 松田道雄(1908-1998) 植草甚一(1908–1979) 

 知恵の輪 *テキヤではピンテン 客用のガラス製は壊れるようになっている

 つけたり、震災カルタ(木版) 渋沢秀雄(1892-1984)*この際という新熟語 地震を契機として、すべて簡略

 1927(昭和2)島崎藤村(案)岡本一平(画)藤村いろは歌留多

 1927(昭和2)野口有情(案)岡本帰一(画)童謡かるた 

・再話の問題  語り言葉から離れた、よそよそしい文章 神話・伝説・童話(昔話)

・民族周辺の声 高砂、朝鮮、蝦夷、

 日本昔話集 上下

 アイヌ篇(金田一京助)朝鮮篇(田中梅吉)琉球篇(伊波普猷、ふゆう)台湾篇(佐山融吉)

・海彼・昔話の紹介

 昇 曙夢*(1878-1958)奄美大島出身のロシア文学者  *のぼり しょむ 

 世界童話大系 全23 子供のための工夫はない

九 内外昔話の採集(p.321)

 佐々木喜善(1886-1933)という学生の語る奇怪な伝承を、聞き書きで、簡潔な文語体で書いた

 柳田國男の同伴者、高木敏雄に示唆された 宮沢賢治(1896-1933) 森口多里(1892-1984)

 柳田國男(1875-1962)民俗学

 1910(明治43)遠野物語 110話 

 山本鼎と北原白秋(p.332)

 1907(明治40)方寸 *ドイツのユーゲントに習って5年間 通算35冊

・山本鼎(かなえ)(1882-1946)の発足 白秋(1885-1942)の妹と結婚

・自由画教育

・北原白秋(1885-1942)隆吉 古問屋ふつどいや

・小さな補足 石井幸子(こうこ) 石井柏亭、鶴三、末の娘

十 ?

十一 新しい学校(p.345)

・教育意識の向上

 下中弥三郎・芳岳(1878-1961)丹波の立杭(たちくい)

・新しい学校 

 羽仁もと子(1873-1957) 自由学園 

 西村伊作(1884-1963)文化学院

・東大セツルメント 

・副読本の流行 

 1925(大正14)菊池寛/小学童話読本、全8 興文社

 1925(大正14)新児童読本、慶應出版部

十二 絵ばなしと漫画(p.356)

 1862(文久2)ジャパン・パンチ

 田口米作(1864-1903)

 北沢楽天(1876-1955)*保次

 1905(明治38)東京パック、有楽社

・漫画という言葉

・新聞連載という形 

・宮尾しげを(1902-1982) *師の一平から「何でもストックして抽斗(ひきだし)をたくさん作っておけ」 

 岡本一平(1888-1948)

十三 二つの全集(p.368)

・補遺一束 

1 大正期の児童文学

・小川未明(1882-1961)

・千葉省三(1892-1975)

2 キリスト教文学

・山村暮鳥(1884-1924)

・宮沢賢治(1896-1933)

3 キリスト教の児童書

・野辺地天馬(1885-1965) *宣教師

4 人道主義

・エロシェンコ(1889-1952)亡命作家

・秋田雨雀(1883-1962)

5 「赤い鳥」の評判作 三重吉が個人作品集にまとめた

・宮原晃一郎(1882-1945) 赤い鳥の屈指の寄稿家 *我は海の子 北欧語を訳す

6 翻訳の叢書

 1919-1923(大正8-12)世界少年文学名作集、全25 精華書院 *22冊まで確認

 佐々木邦/トム・ソーヤー物語 ハックル・ベリー物語 あべこべ物語

 茅野蕭々/人形つかひ(シュトルム) 兄と妹(エッシェンバッハ)

 野上彌生子/ハイヂ(スピリ*)*スイス ゲスタ・ベルリング(ラーゲルレフ)

 楠山正雄/不思議の国 家の無い子

 前田 晃/クオレ 影絵(ソログープ) ロシア

 木下杢太郞/支那伝説集 

7 幼稚園

・倉橋惣三(1882-1955)/幼稚園雑草

・全集合戦

 関東大震災 死者9万、行方不明4万 

 1926(大正15)現代日本文学全集、改造社 37巻→50巻→100巻 円本(えんぽん)熱

  鈴木三重吉/少年文学集 

  円本全集 百巻 改造社 一冊一円

 1927(昭和2)世界文学全集、新潮社

 1927(昭和2)現代大衆文学全集、平凡社

 1927(昭和2)明治大正文学全集、春陽堂

 1927-1929(昭和2-4)日本児童文庫 70巻、小学生全集 アルス(白秋の弟・鉄雄が発行)

  アルスは共同印刷のテコ入れで更生

  巌谷小波/日本お伽噺集 博文館からクレームを負う

 1927(昭和2)小学生全集 80巻、興文社 菊池寛 芥川 

  興文社は倒産

(昭和11)坪田譲治/児童文学の早春 

 赤い鳥が昭和4年、一時、廃刊となり、子供雑誌が相ついで倒れた。

 昭和2年から4年へかけての小学生全集と児童文庫との出版によるのである。…大正7年以来、

 十年にわたる児童文学が、この時、決算を受けたのである。…昭和初頭の不景気

 文藝春秋(菊池寛)は企画だけで、関わらなかったので、ますます発展した。

追考二篇 

一 「小林清親の夢」一軸(p383)

 清親(1847-1915)(画)/日本修身書入門掲図、金港堂

 木下杢太郎(1885-1945)の与えた再評価

 1881(明治14)団団(まるまる)珍聞 清親ポンチ

 1964(昭和39)吉田漱/小林清親、緑園書房

 1975(昭和50)小林哥津(1894-1974)/清親考、素面の会 *かつ 清親の五女 

 *1977(昭和52)吉田漱/最後の浮世絵師小林清親、蝸牛社 本書に清親考を転載 全部ではない

 1894-1895(明治27-28)日清戰争 殺し絵、血みどろ絵を描かなかった

・「夢」一軸に出会う

・清親の息づかい 小林理子(まさこ) *哥津の長女 

 哥津は野上彌生子宅の居候

 菊野和夫 *三女の奈津子(1886-1972)の子 写生帖、8冊 最後の一巻が自伝の絵

二 清水良雄(1891- 1954画伯への構図(p.394)

・純粋で丹念なスケッチ 60冊を越す  鈴木三重吉(1182-1936)の赤い鳥の表紙、挿絵を描く

 三重吉は癇性(かんしょう)で、酒癖が悪く、すぐ人にからむ。

(良雄)子供の気持ちのなかに入れるか、どうかが分からなくちゃ

・生命の寂寥感伝えるタブロー

 「遺作展はするな」と代表作六、七点以外、大小三百数十点が焼き捨てられた。

 日本画を描く時、甲斐信枝(晩年の弟子)さんによれば、よほど機嫌のいい朝に限られていました。

「今日は、いい気持ちだから、描くよ。」毛氈をしき、画帖をのべて、きちんと正座して墨をおろし、懸腕自在に気持ちよさそうに全身で描きあげていくのだそうです。私(瀬田)はこれをきいて、儀式だなと思い…生への畏敬の、儀式だなと何かしら楽しく微笑ましく、このつつましく生きた画家の心の弾みを思いみたのでした。

付記 

索引 *詳細な索引がある

何か御気付きの点があれば御教示ください。

酒井 雁高(がんこう) 浮世絵・酒井好古堂主人 学芸員 curator

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http://www.ukiyo-e.co.jp SAKAI_gankow,  curator,  professional adviser of ukiyo-e 文化藝術懇話会

100-0006東京都千代田区有楽町1-2-14

電話03-3591-4678  E-mail: gankow



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