浮世絵学04/外題(平木コレクション)1970-1971月報1-20 酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂)http://www.ukiyo-e.co.jp/62236
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1982-04-29現在(2020-09-15更新) 浮世絵学:ukiyo-e study  浮世絵鑑定:judge

SAKAI_gankow, curator, professional adviser of ukiyo-e

酒井 雁高(がんこう)(浮世絵・酒井好古堂主人) *学芸員 *浮世絵鑑定家 📞 Phone 03-3591-4678

酒井 邦男(くにお)  酒井好古堂・副代表    *学芸員        *浮世絵鑑定家

100-0006東京都千代田区有楽町1-2-14(東京・有楽町 帝国ホテルタワー前) 日本最古の浮世絵専門店

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 *Sakai Kohkodou Gallery  酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂主人) Japanese Traditional Woodblock Prints   

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 *The BEST Japanese Traditional Woodblock Prints, Handmade reproduction (adm. by JUM) 

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○1970-1972平木コレクション、全20、月報、毎日新聞社

平木信二(1910-1971) リッカーミシン創設者。京都・松木善右衛門コレクション、三原繁吉コレクション(日本郵船重役)、そして仙台・齋藤報恩会・浮世絵コレクションを購入。リッカー美術館を創設。

月報は失われることが多い。月報は全20、各4ppで、合わせて80ppある。1970年代当時の浮世絵研究の状況が垣間見える。

浮世絵学03/判型形態(浮世絵法量)酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂主人) http://www.ukiyo-e.co.jp/13712

浮世絵学02/刊年*(検索)(名主印、入力)(極印+干支年月+行事+名主)酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂主人) http://www.ukiyo-e.co.jp/280

浮世絵学05/板元_2020板元(はんもと)/屋号_五十音_5,736項目 酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂) http://www.ukiyo-e.co.jp/60580

浮世絵学05/版元(はんもと)版元/総目録 板元番号_Publishers No. (M. Number, i.e. Marks) 酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂) http://www.ukiyo-e.co.jp/6200

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*浮世絵の原画に刻記されている版元を詳細に調査した最大の版元一覧

江戸時代、女性は公家、武家、町家、つまり士農工商、未婚、既婚、年齢などにより、明確に髪型が定まっていた。特に職業により、一定の風俗があった。

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菊池明先生、鈴木重三先生の版元に倣い、役者紋章一覧として表示。

これらも定紋、替え紋など、いろいろあり、評判記などから選択して整理する

しか方法はない。しかも整理の仕方が難しい。

これら役者の紋を見ても、紋の名前が直ぐ分からない。ここでは菊池先生、便宜、役社名で整理しているが、紋所の分類法を教えて欲しかった。役者評判記などを詳細に調査、整理しなければ、とても取り付く嶋がない。といっても、家紋とも違って、なかなか難しい。

2020-08-21現在 *スキャナーで、pdfにて読み込みを行ったが、うまくアップロードできない。WPは、pdf非対応

メディアギャラリーに取り込み、一枚づつ選択して、全40ページを挿入。1970年代の浮世絵研究者の動向が把握できる。

しかし、月報11-20、どうも、上手く処理できない。悪戦苦闘! pdfを写真に取り込む。これは大丈夫。そこから一枚、一枚、画像として選択し添付する。

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○明治、大正、昭和の浮世絵収集家、研究家を、ほぼ生年順に整理した。

また、藤懸静也(1881-1958)、渋井清(1899 – 1992)、楢崎宗重(1904-2001)、近藤市太郎(1910-1961)、菊地貞夫(1924-2001)など諸機関の方々が指導にあたり、学術的な組織へと移行した。

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 しかし、もともと浮世絵は、市井で醸成された。民間の私塾で学んだ人々が多かった。宮武外骨(大阪此花)、朝倉無声(東京此花)、酒井庄吉(好古堂版・雑誌浮世絵)、相塲七二(錦絵)、井上和雄(浮世絵之研究)、小島烏水ほか(浮世絵志)、坂戸哲舟(浮世絵芸術1)、藤懸静也(浮世絵界)、鈴木実(季刊浮世絵)、宮尾しげを(浮世絵芸術2)

 1915(大正4)好古堂版・雑誌浮世絵は、当時の錚々たる研究者を網羅し、浮世絵学の基礎を記録し、全55冊を編纂した。

[1941大曲駒村/浮世繪類考0a/01-06]

浮世繪類考  全              小 島 烏 水  識[大曲 駒村]

                序

 大正四年夏、余は酒井好古堂主人と相咨り、雜誌「浮世繪」を同堂より發行し、余自ら暫く編輯の任に當りたることあり。當時「浮世繪」に寄稿を賜はりたる故人今人は、殆ど斯道の権威を網羅したりと言ふも過ぎたりとは考へず、殊に故人に就いて言へば、

大槻如電、坪内逍遥、林若樹、橋口五葉、内藤鳴雪、淡島寒月、朝倉無聲、岡野知十、武岡豊太、野崎左文、關根默庵、星野朝陽、油井夫山、山中共古等の諸先生を舉ぐべく、微々たる薄名の小雜誌としては、空前の光輝として、出版と編輯に携はりたる者の、感謝に堪へざるところなりき。就中、林若樹氏は、最も多く寄稿せられたるが、さすがに珍藏の資料豊富なりしためか、今に及んで忘れ得ざる名篇尠からず、その最も重要なるものを選べば「浮世繪類考の底本を作れ」の一文と爲す。

要旨を摘記すれば、從來浮世繪を研究するに際し、畫工の傳記、系統、批判等に亘れる唯一の參考書たりし浮世繪類考の著者に就いて二説あり。即ち笹屋新七(邦教)なる者が、類考の本文を撰し、附録として同人の始系を追加せりと言ふ説と、類考の本文は、大田蜀山の原撰にして、附録の浮世繪始系のみが、笹屋新七の編となす説と、並び行はる。同氏家藏の加藤曳尾庵が手抄せし浮世繪類考の跋文に依れば、蜀山人藏本を借摸したるものにて、類考が蜀山人の原撰なることを明らかにし、尚ほ最初の浮世繪類考より、京傳の追考、三馬の補記、英泉の續浮世繪類考(私註、本書は无名翁随筆の別名あり、明治四十年刊行の、燕石十種第二編に収む)齋藤月岑の増補浮世繪類考(私註、明治二十四年刊行、温知叢書第四編に収む)龍田舎秋錦の新増補浮世繪類考(私註、明治二十二年に、單行本として刊行せらる)に至る迄の間には、各人の補記混淆して、其間に脱文あり、誤記あり、彼此錯雜して判別に苦しむ。例へば、前述曳尾庵手寫本を以て、新増補浮世繪類考と比較するに、後者は誤謬多く一筆齋文調を、狂歌師岸文笑別名頭の光と混合し、寫樂の條には、他の流布本が、舉つて寫樂の行はれざりし所以を、俳優の眞實相を描かんと有らぬさまに寫したるに歸因せるに對し、寫樂筆力の雅趣愛すべきあるを認めたる、鑒要なる一行の追加ある如き相違あり、差し當り、從來唯一の引用書とせられたる浮世繪類考を、その原撰、曳尾庵の補記、京傳の追考、三馬補記等及びその他の新出本に至るまで、各本の底本を作ること、最も必要なりと信じ、茲に同好者に檄すと言ふにあり。

此一文は、洵に故人の卓見にして、類考の原撰者笹屋邦教説を打破し、大田蜀山と確定したる業蹟は、必ずしも故人の説を以て、最初のものとなすを得ざれども、底本問題の提唱は、浮世繪研究者の間に、大なる關心を喚起して、爾來今日に至るまで、浮世繪類考の善本を獲ることは、研究者間の忽せにせざる所なり。

偶ま、昭和七年に、島田筑波氏校訂浮世繪類考曳尾庵本が、孚水畫房より翻刻せられしも、本書は三田村鳶魚氏が、昭和二年九月一日の午後、林若樹氏の藏本を借り、即夜寫畢せられたるものに依りたるものにして、三田村氏の寫本は、時間の制限上、充分校合の暇無かりしが如く、往々誤寫ある旨を、校訂者自らが指摘せり。即ちこの翻刻曳尾庵本は、原書よりの直接謄寫に非ざる上に、他の類考本を參考して聚合したるが故に、假令曳尾庵本の寫本を主としたるに相違なしとするも、是を以て直ちに曳尾庵本の正寫と言ふを得ず。

次に、善本として酉山堂本なるもの、世に傳へらる。狩野亨吉博士、三田村鳶魚氏等の藏本なりと云ふ。余は未だその原書を閲覧せずと雖も「酉山堂浮世繪類考」と題する寫本を獲て、一見するに、これにも誤寫ありて安心ならず。例へば歌麿の住所に「久石三ノ町」とあれど、正しくは久右衛門町なるべく、又七十翁蜀山人の跋記の後に「右進産山東京傳手書本」とあれども、進産は追考の誤寫なること、言を俟たず。本書は、筆者の手蹟、美事にして、字劃も、いと明晰に、寫本としては理想に近し。且つ、上述の孚水ぶんこ浮世繪類考に、挿圖として挿入せられたる酉山堂本の一枚と對照するに筆蹟は正に同一にして、孰れが原本、孰れが寫本なるかの區別に苦しむ、即ち同一人の筆寫に出でたるものにして、無責任なる當推量の筆耕とは考へられず。換言すれば、原本通りを、忠實に寫したるものと信ぜられるだけに、酉山堂原本なるものゝ正確性に就いて、一點の疑ひなしとせず。

思ふに「浮世繪類考」の善本としては、蜀山の自筆本、或はその舊藏本に依らざる可らざるものならむが、余は未だ蜀山が、果して類考、附録、追考等の三部を纏めて、その全部又は一部を自筆したるものなりやを審らかにせず。舊藏本にしても、年月の隔たりは、その存否、又は眞贋を明白にするに惱まざるを得ず。要するに、浮世繪類考は、結局寫本に依らざるべからず。寫本なるものは、傳寫に次ぐに傳寫を以てし、その間、時代の推移に從つて増補を加へられ、粗より密に入る傾向あり。それも、正確の資料に據りたるものならば、却って嘉(よ)みすべきものならむも、あられもなき道聽塗説などを書き加へ、(例へば二代豊國が、恩師初代豊國の寡婦に入夫して、二代目の名を冐せりといふが如き、弱冠薄命の故人をして、久しく地下に冤(えん)を泣かしむ)又寫字の上にも、魯魚の誤を重ね、玉石混淆の鵺本となりたるもの、比々皆然りと言ふも過言に非ず。

余は浮世繪類考の研究者にあらず。然れども、往々古書展覧會及びその他に於て、觸目の類考寫本を入手することあり、おのづから貧弱なる一蒐集を成せり。その中、藏因の判明せるものを拾へば、曰く椎園本(椎園は、蜂屋茂橘の號なり、天保年間の人、寫本椎の實筆九十巻あり、帝國圖書館に藏せらると聞く)故角田竹冷の藏本にして「竹冷挿架」なる長方形の朱印あり、本文の鼈頭(べっとう)に、椎園の書き入れあり、跋文に言ふ、「右一本旦過■(草冠+合+廾)主人藏書を借模す、南畝翁所藏の原本を模せしもの也と主人言へり、天保五年甲午夏椎園」と。曰く野中本、跋文の後に、天保十三年壬寅五月、蘭女史寫とあり、野中完一といへる人の藏印あり。曰く仙寓庵本、天保十二年八月百樹京山方にて、藏書借受寫者也とあり、伊香保仙寓庵の藏印あり。曰く森文庫藏本、文久三癸亥季仲冬石川一正寫之とあり。曰く林忠正藏本、押印あり、序文に柳亭種彦記、跋文に「山東百樹翁が編せし類考に、おのれ、僅見聞にふれて、一ツ二ツを書加へしのみ、尚同志の補正を乞、明治十三年一月柳亭主人」とあれど、柳亭種彦の名に就いては疑惑あり、百樹翁とは京傳の弟、山東京山のことにして、京山自編の類考本ありとは考へられざれど、本文中には、新増補の採るべきものあり、一概に捨てられず。其他の諸寫本には、藏印なく、特に記すべきものなし。外に、飯島虚心の浮世繪年表あり、扉に明治二十四年十月虚心堂として、花押めきたるものあり、浮世繪年表と大書すれど、自筆なるや否やを知らず、明治の浮世繪師までを補筆す。多少の新發見あれど、誤謬なお亦存す。以上の諸寫本は、要するに天保以後のものにして、新増補本の參考としては用ふべし、浮世繪類考の底本としては推すを得ず。

最も善き底本を作る方法如何。須らく諸家愛藏の浮世繪類考善本を、翻刻又は忠實なる寫本に複製して世に弘布すべし。而して彼是對校檢討の勞を執るべし。前述の孚水ぶんこ曳尾庵本、及び寫本酉山堂本の如きは、恐らくはこの要求に應じて立てるものなるべし。

今茲に、友人大曲駒村君は、川柳研究家の第一人者にして、又浮世繪研究の先覺者なり。浮世繪類考の底本問題に潜心すること多年にして、君に愛玩の二善本あり。同君執筆の文中に述べられる如く、松平確堂公の舊藏本、及び荒尾本の二部とす。同君は、その中の松平本を選び、底本の一種として、敢然翻刻の擧に出でらる。勞多くして功少なきは、この種の刊行者が、經驗するところなれど、それをしも、忍ぶに非ざれば、研鑽の途開けざるなり、同君の勇敬すべし。

問題は、君自ら言へる如く、本書が果して底本たり得る程の善本なるや否やに在り。把つて一讀、二讀、三讀、大曲君幸ひに眼識あり、從來の諸刊行本、及び信用さるべき傳寫本の間に介在して、善本を以て呼ばるゝに躊躇せず。今のところ、何の浮世繪類公か、是れ最善本なるやを決定し能はざるに於て、最も優良なる一本なるを疑はず。

現今、浮世繪の研究大に進みたるは、曩日の談に非ず。然れども、浮世繪研究書の祖先本「類考」の底本を完成せずしては、根柢に空虚を感ずるを奈何。大曲君の、松平本を提げて立つや、宜矣(むべなり)。

  昭和十三年歳末

                   小 島 烏 水  識

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(雁註)故人であるが、生年順に整理した。基本的に浮世絵の第一級資料は、これら、明治、大正、昭和期の研究者の業績から得ている。

特に関東大震災前の記録を保存してあり、その後の研究の土台を造った。1977酒井雁高/浮世絵学、日本浮世絵学会、日本浮世絵博物館

1982.04.25日本浮世絵博物館、開館。酒井藤吉、酒井貞助、酒井泉三郎、母・酒井十九子、酒井冨美江、酒井美代子らが、戦中、戦後と頑張って、維持、管理を行ってきた。

大槻如電(1845-1931)、おおつき じょでん翁

内藤鳴雪(1847-1926)、

山中共古(1850-1928)、

野崎左文(1858-1935)、狂歌

淡島寒月(1859-1926)、

坪内逍遥(1859-1935)、

岡野知十(1860-1932)、         

森 鷗外(1862-1922)

關根默庵(1863-1923)、

武岡豊太(1864-1931)、

宮武外骨(1867-1955)、此花(大阪)   

夏目漱石(1867-1916)

幸田露伴(1867-1947) 

齋藤緑雨(1867-1904)

 尾崎紅葉(1868-1903)

星野朝陽(1870s-1940s)、                                  

笹川臨風(1870-1949) 

三田村鳶魚(1870-1952)、鳶魚、本名は玄龍。こちらの方が雅号めいている

国木田独歩(1871-1908)

小島烏水(1873-1948)、横浜正金銀行、浮世絵収集(廣重ほか)、登山家 

高浜虚子(1874-1959)

林  若樹(1875-1938)、本名は若吉  明治天皇の侍医、林研海の息子

三村竹清(1876-1953)、

朝倉無聲(1877-1927)、此花(東京)

酒井庄吉(1878-1942)、雑誌浮世絵(好古堂版)(全55)    

永井荷風(1879-1959)

藤懸静也(1881-1958)

橋口五葉(1881-1921)、

小山内薫(1881-1928)

大曲駒村(1882-1943)、

油井夫山(1884-1934)、

高橋誠一郎(1884-1982) *日本浮世絵博物館設立賛同者

井上和雄(1889-1946) 浮世絵研究家、好古堂の学術誌・浮世絵を編輯

森 銑三(1895-1985) *日本浮世絵博物館設立賛同者

守随憲治(1899-1983) *日本浮世絵博物館設立賛同者

渋井 清(1899-1992)  *父・酒井藤吉は、渋井先生が先達となって本格的な博物館を創立して欲しいと願っていた。

勝本清一郎(1899-1967) 文芸評論家

宮尾しげを(1902- 1982) 漫画家、風俗研究家

楢崎宗重(1904-2001) 立正大学、文学博士

鳥居忠雅(1904-1970)   鳥居派、浮世絵師

山辺知行(1906-2004)  染織研究家

暉峻康隆(1908-2001) *日本浮世絵博物館設立賛同者

近藤市太郎(1910-1961) 東京帝室博物館

鈴木 進(1911-2008) 美術史家

川村博通(1912-1980) *日本浮世絵博物館設立賛同者

嘉門 安雄(1913 – 2007) 美術評論家

岡畏三郎(1914 – 2010) 美術史家

ハリー・パッカード(1919-1991)

橋本 澄子(1923-     東京国立博物館

菊地貞夫(1924-2019?)

菊池 明          早稲田大学演劇博物館学芸員

1931井上和雄/浮世絵師傳、渡辺版画店 浮世絵師の伝記は、殆ど好古堂/雑誌浮世絵から引用している。

その他、浮世絵師の伝記

//浮世絵学*3ur/1941小島烏水(1873-1948)/浮世絵類考(序文)9849項目 落款、五十音 Biography of ukiyo-e artists  酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂主人)

http://www.ukiyo-e.co.jp/1783      *1941大曲駒村/浮世絵類考 序文

//浮世絵学01/落款(画号ほか)伝記_総目録 浮世絵類考(うきよえるいこう)9848項目 五十音 酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂主人) http://www.ukiyo-e.co.jp/1016

月報は、失われることが多いので、この機会に、全20を掲載する。

合わせて、下記で浮世絵の楽しみを満喫して欲しい。

http://www.ukiyo-e.co.jp/56161 2020横山実/浮世絵尽くし 

いろいろと御世話になった先生方、お亡くなりになっている。

高橋誠一郎(1884-1982)先生の晩年であったが、久保田万太郎(1889-1963)講座で、半年間、高橋誠一郎先生の楽しい浮世絵の御話を拝聴した。先生は、何時も、浮世絵を何点かを持参され、嬉しそうに浮世絵の御話をなさっていた。講座の後半は、河上徹太郎(1902-1980)/日本のアウトサイダーであった。河上先生は、日本でも希有な評論家である。三島由紀夫が自決する以前、はっきりと行き詰まり、命を落とすと予言している。

心より御冥福を祈り、今後、我々が確りと浮世絵学を継承したい。

pdfをアップロードしようとしたが、現在、なかなか上手くいかない。

何か御気付きの点があれば、御教示ください。

酒井 雁高(がんこう) 学芸員 curator 

浮世絵・酒井好古堂   日本最古の浮世絵専門店

[浮世絵学]文化藝術懇話会  浮世絵鑑定家
100-0006東京都千代田区有楽町1-2-14

電話03-3591-4678  携帯090-8171-7668



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