浮世絵学04/外題(デルス・ウザーラ) デルス・ウザーラ(1850-1908)ロシア沿海州シオテアニリ山脈 酒井雁高  
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浮世絵学04/外題(デルス・ウザーラ) デルス・ウザーラ(1850-1908)ロシア沿海州シオテアニリ山脈 酒井雁高  

1982-04-29現在(2022-05-22更新) 

浮世絵学:ukiyo-e study  浮世絵鑑定(肉筆浮世絵、錦絵):judge

SAKAI_gankow, curator, professional adviser of ukiyo-e

酒井 雁高(がんこう)(浮世絵・酒井好古堂主人) 

*学芸員 *浮世絵鑑定家 📞 Phone 03-3591-4678(東京・有楽町)

酒井 邦男(くにお)  酒井好古堂・副代表    *学芸員     *浮世絵鑑定家

100-0006東京都千代田区有楽町1-2-14(東京・有楽町 帝国ホテルタワー前) 

日本最古の浮世絵専門店

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御案内

G浮世絵学00 御案内 酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂)

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複製・復刻

R浮世絵学00/複製・復刻 酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂)

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*1946、私、酒井雁高(がんこう)、(戸籍名、信夫のぶお)は、酒井藤吉、酒井十九子の次男として生まれた。生まれた時から、浮世絵に囲まれ、浮世絵博物館に組み込まれていたように思う。1966、兄・正一(しょういち)が冬山のスキー事故で死亡。いきなり、私に役目が廻ってきた。それにしても、子供が先に亡くなるとは、両親の悲しみは察して、余りある。母は、閉じこもったきり、黙ったままの父に、何も話すことが出来なかったという。

*1967、私は大学の経済学部を卒業し、すぐ文学部国文科へ学士入学。何とか、源氏物語など、各種日本文学、江戸文学も多少、学ぶことが出来、変体仮名なども読めるようになった。http://www.ukiyo-e.co.jp/wp-admin/edit-comments.php

*1982年以来、浮世絵博物館と一緒に過ごしてきた。博物館が女房替わりをしてくれたのかも知れない。

*それでは子供、というと、これら浮世絵学、1,172項目であろうか。一所(浮世絵学)懸命、学問としての浮世絵学を成長させてきたつもりである。今後も、御支援、御指導を賜りたい。2021-06-20酒井雁高・識

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日本で最古の浮世絵専門店。幕末の開明思想家・佐久間象山(1811-1864)(しょうざん)が、酒井義好(1810-1869)*よしたか の書齋を「好古堂」と命名しました。1982、酒井藤吉(とうきち)・十九子(とくこ)、酒井貞助(ていすけ)・富美江(ふみえ)、酒井泉三郎(せんざぶろう)・美代子(みよこ)らは、好古堂蒐集品を基として、父祖の地、松本市郊外に、日本浮世絵博物館を創立しました。

 

1803葵衛(齋藤秋圃)/葵氏艶譜

父・藤吉が亡くなってから、酒井信夫・雁高(がんこう)、そして酒井邦男が継承し、世界各地で65回の浮世絵展覧会を開催して今日に至っています。皆様のご指導ご鞭撻を御願い致します。

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 *Sakai Kohkodou Gallery  酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂主人) Japanese Traditional Woodblock Prints  

SAKAI_gankow, curator, professional adviser of ukiyo-e

2022 SAKAI, gankow   酒井雁高

 

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〇デルス・ウザーラ(1850-1908) *1975黒澤明・監督/デルス・ウザーラ

デルス・ウザーラ(1850-1908)

(雁註)左手に持つ、V字形状の棒は、V字に猟銃を固定する一脚である。この写真は、1906撮影。

1902、1906、1907、デルスは、ウスリー地方、シオテ・アニリ山脈を探検したロシア極東の地理学者、探検家ウラジミール・アルセーニエフ(1872-1930)を案内した。

 

シオテ・アニリは、デルスなど先住民の住んでいる森林地帯。ハンカ湖の北東、地図ではオレンジ色の地域。

ここには、ツングース系の民族、ゴリド族、ウデヘ族の人も住んでいました。中国人や朝鮮人は、現地民から土地や財産を奪っていました。

 

(雁註)ウラジオストックが最南部に位置している。その北部にハンカ湖がある。ハンカ湖から、ウスリー河は北上する。ハバロフスクで西から流れてきたアムール河と合流する。

私が子供の頃、「シベリア」という和菓子があった。黒い餡(あん)を上下カステラで挿んである。つまり、餡(あん)はアムール河、シベリアを意味している。

ウラジミールは、ウスリー川の上流・ハンカ湖で、デルスの忠告を聞かず、長時間いたため、暴風雪に遭遇。デルスはウラジミールに多くの枯れ枝を集めさせて、テント状の仮避難所を造り、一夜を過ごし、ウラジミールの命を救った。

 

ウラジミール・アルセーニエフ(1872-1930)

(雁註)彼の名を都市名にしたアルセーニエフ市も、この沿海州に実在する。

デルスは後、目が悪くなり、狩猟が出来なくなる。ウラジミールはデルスを自宅のウラジオストックに誘った。しかし、水、薪など買わなければならない、外で狩猟が出来ないと嘆く。別かれる時、ウラジミールはデルスに照準付きの猟銃をプレゼントした。

1908 、警察から、ウラジミールに電話があり、デウスがコルフォフスカヤ駅付近で遺体で発見された。警察は、遺体に名刺で、連絡できた。ウラジミールは、猟銃もあったはずと告げたが、警察は、猟銃はなかった。ロシア人が、寝ているデウスを襲い、猟銃を奪った。V字状の木製の一脚だけで残っていた。コルフォフスカヤ駅は、ハバロフスクの南、20-30kmの場所。その大きな樹木の下に遺体を埋めた。既に辺りはスッカリ変わっていて、葬った標を見付けることが出来なかった。

学生時代、この探検記を読んだことがあった。

酒井 雁高(がんこう) 学芸員 curator 浮世絵鑑定家

浮世絵・酒井好古堂     http://www.ukiyo-e.co.jp/ ご案内

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電話03-3591-4678 携帯090-8171-7668 



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