浮世絵学04/申楽*(さるがく)系譜 *明治になり、「さる」の音(オン)を嫌い、能楽(のうがく)と改称 申、上から、下からの神霊が合体する意 酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂) http://www.ukiyo-e.co.jp/78812 
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浮世絵学04/申楽*(さるがく)系譜 *明治になり、「さる」の音(オン)を嫌い、能楽(のうがく)と改称 申、上から、下からの神霊が合体する意 酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂) http://www.ukiyo-e.co.jp/78812 

1982-04-29現在(2021-11-10更新) 浮世絵学:ukiyo-e study  浮世絵鑑定(肉筆浮世絵、錦絵):judge

SAKAI_gankow, curator, professional adviser of ukiyo-e

酒井 雁高(がんこう)(浮世絵・酒井好古堂主人) *学芸員 *浮世絵鑑定家 📞 Phone 03-3591-4678(東京・有楽町)

酒井 邦男(くにお)  酒井好古堂・副代表    *学芸員     *浮世絵鑑定家

100-0006東京都千代田区有楽町1-2-14(東京・有楽町 帝国ホテルタワー前) 日本最古の浮世絵専門店

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 *The BEST Japanese Traditional Woodblock Prints, Handmade reproduction (adm. by JUM) 

日本浮世絵博物館・監修 *原画から忠実に複製・復刻現していて、尤も信頼の置けるもの。

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*浮世絵学 復刻・複製の紹介を含む1017の記事、画像が表示されている

*1946、私、酒井雁高(がんこう)、(戸籍名、信夫のぶお)は、酒井藤吉、酒井十九子の次男として生まれた。生まれた時から、浮世絵に囲まれ、浮世絵博物館に組み込まれていたように思う。1966、兄・正一(しょういち)が冬山のスキー事故で死亡。いきなり、私に役目が廻ってきた。それにしても、子供が先に亡くなるとは、両親の悲しみは察して、余りある。母は、閉じこもったきり、黙ったままの父に、何も話すことが出来なかったという。

*1967、私は大学の経済学部を卒業し、すぐ文学部国文科へ学士入学。何とか、源氏物語など、各種日本文学、江戸文学も多少、学ぶことが出来、変体仮名なども読めるようになった。

*1982年以来、浮世絵博物館と一緒に過ごしてきた。博物館が女房替わりをしてくれたのかも知れない。

*それでは子供、というと、これら浮世絵学、1,084項目であろうか。全知全能を傾けて、学問としての浮世絵学を成長させてきたつもりである。今後も、御支援、御指導を賜りたい。2021-06-20酒井雁高・識

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日本で最古の浮世絵専門店。幕末の開明思想家・佐久間象山(1811-1864)(しょうざん)が、酒井義好(1810-1869)*よしたか の書齋を「好古堂」と命名しました。1982、酒井藤吉(とうきち)・十九子(とくこ)、酒井貞助(ていすけ)・富美江(ふみえ)、酒井泉三郎(せんざぶろう)・美代子(みよこ)らは、好古堂蒐集品を基として、父祖の地、松本市郊外に、日本浮世絵博物館を創立しました。

 

父・藤吉が亡くなってから、酒井信夫・雁高(がんこう)、そして酒井邦男が継承し、世界各地で65回の浮世絵展覧会を開催して今日に至っています。皆様のご指導ご鞭撻を御願い致します。

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 *Sakai Kohkodou Gallery  酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂主人) Japanese Traditional Woodblock Prints  

SAKAI_gankow, curator, professional adviser of ukiyo-e

 

2018 SAKAI gankow

 

2020 SAKAI kunio

*現在、ファックスは使えません。

 

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申楽(さるがく)の系譜 *猿楽とも、サルの音(おん)を嫌い、明治になり、能楽と称した。

申楽は、前塲(まえば)、中入り…、後塲(のちば)で、霊が出現。

前シテ(マエジテ)→中入り→ 後シテ(ノチジテ)

能 のう 西野春雄+羽田昶(ちょう)/能・狂言事典 270

 

構想 夢幻能と現在能

現在能(げんざいのう) 西野春雄+羽田昶(ちょう)/能・狂言事典 306 *現実世界の出来事を描く

 

夢幻能(むげんのう) 西野春雄+羽田昶(ちょう)/能・狂言事典 331  *過去を回想する

 

前塲(まえば)人物(ワキ)が、ある土地で化身体の人物(前ジテ、マエジテ)に出会う。前ジテは、その土地にまつわる物語をして、最後に本体をほのめかして消える

中入り(なかいり)ここまでが前塲(まえば) *後塲(のちば)で、後ジテが出てくる。簡単に理解するには、申樂(さるがく)は幽霊劇

後塲(のちば)待つうちに、霊体(後ジテ、ノチジテ)の姿で再出現し、仕方話をしたり、舞を舞ったりする

シテ方

シテ方観世流は、大和猿楽四座のひとつ結崎座に由来する能の流儀。流儀の名は流祖・観阿弥の幼名(芸名とも)である「観世(丸)」に基く。二世・世阿弥(ぜあみ)は能の大成者として名高い。

観阿弥(1333-1384)

世阿弥(1363?-1443) *美童としての教養があり、

現宗家は二十六世観世清和。能楽協会に登録された能楽師は2006年(平成18年)の時点で560名あまりにのぼり、五流最大の流勢を誇る。一時梅若家が梅若流として独立したこともあったが、現在は観世流に復帰している。

大流であるため、内部に芸風の差があるが、豊麗で洗練された味わいが特色とされる。謡はギンを出さず(産み字をつけない)、高音を利かせて華やかに謡うのが特色で、型も圭角の少ないまろやかなものを好む。戦後『三山』『求塚』『蝉丸 (能)』を復曲し、現行曲は210番。

歴史

観阿弥・世阿弥 西野春雄+羽田昶(ちょう)/能・狂言事典 369

流祖・観阿弥清次(1333〜1384)は山田猿楽の美濃大夫に養子入りした何某の三男で[1]、結崎座(ゆうさきざ)の大夫(「棟梁の仕手」)となった。それまで式三番など神事(しんじ)猿楽を中心としていた結崎座を猿楽中心の座へと改め、中年以降は次第に猿楽の名手として大和以外でもその芸が認められるようになった。

1374(文中2年/応安6年)頃に行われた洛中今熊野の勧進能において足利義満に認められ[2]、以後貴顕の庇護のもと近畿を中心に流勢をのばした。

佐々木道誉(1306-1373) 高氏

二条良基(1320-1388) *貴族

観阿弥清次(1333〜1384)

足利義満(1358-1408)

二世・世阿弥元清(1363?〜1443)は、その美貌によって幼時より足利義満・二条良基・佐々木道誉らの庇護を受け、和歌・連歌をはじめとする上流の教養を身につけて成長した。父観阿弥の没後は、観世座の新大夫として近江猿楽の犬王らと人気を争い、それまで物まね中心であった猿楽能に、田楽能における歌舞の要素を取りいれて、いわゆる歌舞能を完成させた。

足利義持の代となると、義持の後援した田楽の名手・増阿弥(ぞうあみ)と人気を争う一方で、『高砂』『忠度』『清経』『西行桜』『井筒』『江口』『桜川』『蘆刈』『融』『砧』『恋重荷』などの能を新作し、『風姿花伝』『至花道』『花鏡』といった能楽論を執筆して、実演・実作・理論の諸方面で能楽の大成に努めた。

三条公忠( 1324-1384)さんじょう-きんただ* 南北朝時代の公卿(くぎょう)。

元亨(げんこう)4年8月16日生まれ。父は三条実忠(さねただ)。母は藤原公直(きんなお)の娘。延文5=正平(しょうへい)15年内大臣にすすむ。従一位。歌人で,有職(ゆうそく)故実にも通じた。日記に「後愚昧記(ごぐまいき)」。永徳3=弘和(こうわ)3年12月24/27日死去。60歳。

1378(北朝年号・永和4年、南朝年号・天授4)三条公忠( 1324-1384)/『後愚昧記』、6月7日の条で、少年時代の世阿弥(1363?〜1443)の寵愛されぶりを記録している。この日、祇園祭の鉾の巡業が行われて義満(1358-1408)が桟敷を作らせてこれを見物していたが、その桟敷に「大和猿楽児童、観世の猿楽と称する法師の子」すなわち世阿弥少年が同席していた。義満はこの少年を寵愛し同席させただけでなく自らの盃も使わせていた、というのである。

・三条公忠( 1324-1384)

・足利義満(1358-1408)

・世阿弥(1363?〜1443)

 ただし公忠自身は猿楽のことを「乞食の所行」と蔑(さげす)んでおり、そんな「乞食」が将軍に寵愛されて近くに仕えているために、世の人々も、もてはやしてしまうことに憤慨している。この少年に財物を与えると、将軍が喜ぶので、大名たちが競うように金品を与えたため、少年は巨万の富を持つようになったとまで書いた上で、「比興の事なり。次いでたるに依ってこれを記す(面白くないことであるが、ついでなので書いておく)」と捨て台詞のように締括(しめくく)っている。(原文は漢文、自筆本は、東京大学史料編纂所)

戸井田道三(といだ みちぞう)
能楽は神と乞食の芸能
三條公忠は後愚昧記(ごぐまいき、公忠の日記)、世阿弥(賎民)が義満と同席していると批難している。
当時、申楽の藝能は賎民と見られていた。
將軍が同席するとは許しがたいと。

世阿弥元清(1363?〜1443) ぜあみ

*1434(永享6)、義教の命によって佐渡に配流

足利義持(1386-1428)

観世元雅(?〜1432) 世阿弥の長男 客死

世阿弥は、1422(応永29年)頃の出家と前後して、大夫を長男・観世元雅(?〜1432年)に譲った。元雅は世阿弥が『夢跡一紙』で「子ながらも、たぐひなき達人」と評したほどの名手で、『隅田川』『弱法師』『歌占』『盛久』など能作においても優れていた。

義持の没後、世阿弥の甥である音阿弥(1398-1467)*観世元重を後援する足利義教が将軍に就任すると、1429年(正長2年/永享元年)に仙洞御所での演能が中止され、醍醐寺清滝宮の楽頭職を音阿弥と交代させられるなど、さまざまな圧迫が世阿弥・元雅親子に加えられ[3]、1432年(永享4年)に元雅が客死、翌1433年(永享5年)には音阿弥が観世大夫を襲う(現在では音阿弥を三世とする)。

足利義教(1394-1441) *赤松満祐により誘殺される

音阿弥(1398-1467)

晩年の世阿弥は『拾玉得花』を女婿・金春禅竹に相伝し、聞書『申楽談義』を残すなど、なお意欲的に活動したが、1434(永享6年)、義教の命によって佐渡に配流され、ここに観世座は完全に音阿弥の掌握するところとなった。

金春禅竹(1405-1470?) 世阿弥の女婿 西野春雄+羽田昶(ちょう)/能・狂言事典 381

音阿弥・信光・長俊

観世大夫を襲って後、三世・音阿弥元重(1398〜1467)は猿楽の第一人者として義教の寵愛を受け、「当道の名人」として世阿弥以上の世評を博したと考えられている[4]。前代には有力な競争相手であった田楽や近江猿楽がこの時代にはほとんど駆逐され、観世座が猿楽の筆頭として室町幕府に重用された背景には、音阿弥の活躍が大きく影響していたものと思われている[5]

音阿弥の後は四世又三郎政盛(音阿弥の子)、五世三郎之重(政盛の子)、六世四郎元広(之重の子)、七世左近元忠(法名宗節、元広の子)と四代にわたって若年の大夫が続いたため、音阿弥の七男観世信光とその子観世長俊が後見として大きな役割を果した。大鼓方・脇の仕手として活躍した信光は、一方で『遊行柳』『紅葉狩』『船弁慶』など霊験や怨霊、怪奇を主題とした派手でわかりやすい能を書き、時流に迎えられた[6]。この傾向は同じく脇の仕手を勤めた子長俊にも受けつがれ、『正尊』『江野島』などより視覚に訴える平明な作が多く作られた。

 

 

 

金春(こんぱる) 西野春雄+羽田昶(ちょう)/能・狂言事典 

桜間伴馬(1835-1917) ばんば

桜間弓川(1889-1957) きゅうせん

桜間道雄(1898-1983)

桜間右陣

曲舞(くせまい) 西野春雄+羽田昶(ちょう)/能・狂言事典 273

・一日の公演い演ずる能の数は…

 南北朝 4-5演目

室町中期-桃山 7-12番 一日17番の例もあった。

江戸時代 5番 四座(に平等

流派 西野春雄+羽田昶(ちょう)/能・狂言事典 274

観世座(進藤流)(福王流)

金春座(春藤流)

 

・観世(かんぜ)・宝生(ほうしょう) 上掛かり(かみがかり)

・金春、金剛、喜多 下掛かり(しもがかり)

 

1 脇能物 神霊の夢幻能 高砂 竹生島

2 二番目物(修羅物、しゅらもの)武士の霊の夢幻能 八島、清経

3 三番目物

・(鬘物、かずらもの)優美な女性の霊の夢幻能 井筒 野宮(ののみや) 

・優美な貴公子の夢幻能 雲林院(うんりんいん) 

・女体の精の夢幻能 杜若(かきつばた)。

・老木の精の夢幻能 西行桜(さいぎょうざくら)。

・優美な女性の現在能(狂女物を除く) 熊野(ゆや)

4 四番目物 他の曲籍に属さない総ての能。

・夢幻能では女物 求塚(もとめづか)

・男物 善知鳥(うとう) 恋重荷(こいのおもに)

・現在能 狂女物 三井寺(みいでら) 班女(はんじょ)

・直面物(ひためんもの) 安宅(あたか)

 その他 般若物 葵上(あおいのうえ)道成寺(どうじょうじ)

 唐物 邯鄲(かんたん)

5 五番目物 夢幻能 

・貴公子物 融(とおる)

・鬼畜物 野守(のもり) 殺生籍(せっしょうせき)

・鬼退治物 紅葉狩(もみじがり) 羅生門(らしょうもん)

・天狗物 鞍馬天狗(くらまてんぐ)

・祝言物 石橋(しゃっきょう) 猩猩(しょうじょう)

 

 

 

 

 

時:2021-11-03(水)12.00開催-15.00終了
所:セルリアンタワー能楽堂 渋谷区桜岡町26-1
 ☎️03-3477-6412 
主催:櫻間會(さくらまかい)同門親睦会
 ☎️03-3239-4407
 素人会で自由に出入りできます。

番組 
12.00頃
仕舞 老松(脇能物) 絃上(五番目物)
仕舞 八嶋(二番目物) 蝉丸(四番目物)・道行 高橋麻紀

*延喜の帝の第四皇子・蝉丸の宮は、幼少時から盲目だったので、帝が侍臣の清貫に命じて逢坂山へ連れて行かせ、剃髪のうえ、捨てさせる。宮は前世の報いと諦め、今では、ただ一人の同情者である博雅三位(はくがのさんみ)が用意してくれた藁屋に住み、琵琶に心を慰めている。いっぽう蝉丸の姉宮の逆髪は、髪が逆立つ病のうえ、心も乱れ、諸方をさまよい歩いて、逢坂山にやって来る。(カケリ)(段歌)(道行)。たまたま、蝉丸の琵琶を耳にした逆髪は、弟と知って手を撮り合い、違いに身の不孝を嘆き悲しむ(クセ)。やがて、また立ち去る姉の売り楚姿を、蝉丸は見えぬ目で見送るのだった。(ロンギ)
連吟 鞍馬天狗(五番目物)
連吟 六浦、むつら(三番目物)
独吟 羽衣(三番目物)
仕舞 紅葉狩(五番目物) 經政(二番目物)・切曲
独吟 鵜飼(五番目物)
13.10頃
舞囃子 熊野、ゆや(三番目物)
舞囃子 富士太鼓(四番目物)
仕舞 杜若、かきつばた(三番目物)・切
仕舞 東北、とうぼく(三番目物)・曲
仕舞 東北、とうぼく(三番目物)・切
仕舞 二人静、ふたりしずか(三番目物)・曲
仕舞 東北、とうぼく(三番目物)・曲
仕舞 東北、とうぼく(三番目物)・切
14.20頃
舞囃子 百萬(四番目物)
舞囃子 山姥(五番目物)

附祝言

*申樂(能樂)は、簡単に云うと、貴族的、哲学的、つまり象徴的。歌舞伎は庶民的、具体的で、説明的で解り易く作劇している。

 

 


1877-1973(明治10-昭和48)野々村戒三 *キリスト教、パウロ、西洋中世史 クリスチャン

1928(昭和3)野々村戒三(編)/謠曲三百五十番集 、日本名著全集、興文社 *謡曲本文を読むことが出来る、大変、便利

1932(昭和7)野々村戒三/金春十七部集

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1878-1915(明治11-大正4)丸岡  桂 *スペイン風邪にて亡くなる

1912(明治45)松岡桂/謡曲拾葉抄、全2、観世流改訂本刊行会 *注釈語句に番号を付す

1919丸岡  桂(1878-1915)古今謡曲解題 *謡曲の集大成。番外曲を検索するのに便利 現行演目250 *復刊

 

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1883-1950(明治16-昭和25)野上豊一郎

1930(昭和5)野上豊一郎/能 研究と発見

1935(昭和10)野上豊一郎/能の再生

1943(昭和18)野上豊一郎/能の幽玄と花

1951(昭和26)野上豊一郎/能二百四十番 主題と構成、能楽書林 *参考書として、新書版で大変便利


1894-1955(明治27-昭和30)能勢朝次 *のせ あさじ

1938(昭和13)能勢朝次/能楽源流考、岩波書店 *何度も復刊

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1973-1978(昭和48-53)日本庶民文化史料集成 全16、三一書房 *史料集成 

・田楽猿楽、日本庶民文化史料集成2

・能、日本庶民文化史料集成3

・狂言、日本庶民文化史料集成4

・別巻・総合芸能史年表、日本庶民文化史料集成 

1974(昭和49)表章(加藤周一・校注)/世阿弥・禅竹、日本思想大系、岩波書店 *1995-1996(平成7-8)新装版

1987(昭和62)西野春雄+羽田昶/新訂増補、能・狂言事典、平凡社   *これが一冊あれば、事典として便利



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