浮世絵学01/Sir カズオ・イシグロ(1954- )小説、それぞれが全く別の視点から書かれている。歴史、推理、伝説、SFなど。酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂)http://www.ukiyo-e.co.jp/96863  
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1982-04-29現在(2023-11-08更新)

浮世絵学:ukiyo-e study  浮世絵鑑定(肉筆浮世絵、錦絵):judge

SAKAI_gankow, curator, professional adviser of ukiyo-e

酒井 雁高(がんこう)(浮世絵・酒井好古堂主人)

*学芸員 *浮世絵鑑定家 📞 Phone 03-3591-4678(東京・有楽町)

酒井 邦男(くにお)  酒井好古堂・副代表    *学芸員     *浮世絵鑑定家

100-0006東京都千代田区有楽町1-2-14(東京・有楽町 帝国ホテルタワー前) 

日本最古の浮世絵専門店

1803葵衛(齋藤秋圃)/葵氏艶譜


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G浮世絵学00 御案内 酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂)  Guide

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R浮世絵学00/複製・復刻 酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂)http://www.ukiyo-e.co.jp/88211

 

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V浮世絵学 ミニ動画     Mini-film, about 5 minutes 

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*1946、私、酒井雁高(がんこう)、(戸籍名、信夫のぶお)は、酒井藤吉、酒井十九子の次男として生まれた。生まれた時から、浮世絵に囲まれ、浮世絵博物館に組み込まれていたように思う。1966、兄・正一(しょういち)が冬山のスキー事故で死亡。いきなり、私に役目が廻ってきた。それにしても、子供が先に亡くなるとは、両親の悲しみは察して、余りある。母は、閉じこもったきり、黙ったままの父に、何も話すことが出来なかったという。

*1967、私は大学の経済学部を卒業し、すぐ文学部国文科へ学士入学。何とか、源氏物語など、各種日本文学、江戸文学も多少、学ぶことが出来、変体仮名なども読めるようになった。http://www.ukiyo-e.co.jp/wp-admin/edit-comments.php

*1982年以来、浮世絵博物館と一緒に過ごしてきた。博物館が女房替わりをしてくれたのかも知れない。

*それでは子供、というと、これら浮世絵学、1,342項目であろうか。一所(浮世絵学)懸命、学問としての浮世絵学を成長させてきたつもりである。今後も、御支援、御指導を賜りたい。2021-06-20酒井雁高・識

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日本で最古の浮世絵専門店。幕末の開明思想家・佐久間象山(1811-1864)(しょうざん)が、酒井義好(1810-1869)*よしたか の書齋を「好古堂」と命名しました。1982、酒井藤吉(とうきち)・十九子(とくこ)、酒井貞助(ていすけ)・富美江(ふみえ)、酒井泉三郎(せんざぶろう)・美代子(みよこ)らは、好古堂蒐集品を基として、父祖の地、松本市郊外に、日本浮世絵博物館を創立しました。

父・藤吉が亡くなってから、酒井信夫・雁高(がんこう)、そして酒井邦男が継承し、世界各地で65回の浮世絵展覧会を開催して今日に至っています。皆様のご指導ご鞭撻を御願い致します。

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 *Sakai Kohkodou Gallery  酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂主人) Japanese Traditional Woodblock Prints  

SAKAI_gankow, curator, professional adviser of ukiyo-e

2022 SAKAI, gankow   酒井雁高

 

2018 SAKAI gankow

 

2020 SAKAI kunio

 

 
*ファックス、使えません。
 

2023-01-27現在

・そう言えば、以前、知人から紹介されて読んでいた、

・当初、日記のような一人称の語りで小説が書かれている。

・次第に、二人称、三人称となる展開。

・しかし、小説の基本は二人称か。

 

 

 

 

 Kazuo Ishiguro in Stockholm 2017 02.jpg  

 

                            Kazuo Ishiguro
                              Kazuo Ishiguro

 

Kazuo Ishiguro

                          

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1989日の名殘り *イギリス貴族に仕える執事(しつじ、「ひつじ」ではない)  

 2000わたしたちが孤児だったころ *これも読んだ 知人は自分も孤児だったかも知れないと..

・思い出した。その時は、作者の仕掛けが解らなかった。

・時、所、人、事、何、これらは、読む内に徐々に解るように仕組み、徐々に物語に引き込む。

カズオ・イシグロ「物語には“分断”に対抗する力がある」 | ノーベル賞作家が語る「創作の意義」と「次世代への期待」 | クーリエ・ジャポン

・1954長崎生まれ、
・1960、父親がイギリスの招かれ、家族で、イギリスへ。

・1974 ケント大学英文学科、

・1980 イースト・アングリア大学大学院創作学科に進み、批評家で作家マルカム・ブラッドベリ(英語版)の指導を受け、小説を書き始めた。
・卒業後に一時はミュージシャンを目指していた時期もあったが、グラスゴーとロンドンにて社会福祉事業に従事する傍ら、作家活動を始める
 

・フェイバー社が刊行する『新人集・七』に収められた3作の短篇「不思議に、ときには悲しく」(1980年)、「Jを待ちながら」「毒殺」(1981年)でデビューした

・1982、英国に在住する長崎女性の回想を描いた処女作『女たちの遠い夏』(日本語版はのち『遠い山なみの光』と改題、原題:A Pale View of Hills) で王立文学協会賞を受賞し、9か国語に翻訳される。

・1983、イギリスに帰化する。

・1986、長崎を連想させる架空の町を舞台に戦前の思想を持ち続けた日本人を描いた第2作『浮世の画家』(原題:An Artist of the Floating World) でウィットブレッド賞を受賞し、若くして才能を開花させた。

・1986 イギリス人のローナ・アン・マクドゥーガルと結婚する。

・1989、英国貴族邸の老執事が語り手となった第3作『日の名残り』(原題:The Remains of the Day)で英語圏最高の文学賞とされるブッカー賞を35歳の若さで受賞し、イギリスを代表する作家となった。

・1993 英米合作のもと、ジェームズ・アイヴォリー監督・アンソニー・ホプキンス主演で映画化された。2019年には舞台化予定。

・1995、第4作『充たされざる者』(原題: The Unconsoled) を出版する。

・2000、戦前の上海租界を描いた第5作『わたしたちが孤児だったころ』(原題:When We Were Orphans) を出版、発売と同時にベストセラーとなった。

・2005、『わたしを離さないで』を出版する。2005年のブッカー賞の最終候補に選ばれる。この作品も後に映画化・舞台化されて大きな話題を呼んでいる。同年公開の英中合作映画『上海の伯爵夫人』の脚本を担当した。

・2015、長編作品『忘れられた巨人』(原題:The Buried Giant)を英国、米国で同時出版。アーサー王の死後の世界で、老夫婦が息子に会うための旅をファンタジーの要素を含んで書かれている。

・2017、ノーベル文学賞を受賞。受賞理由として「壮大な感情の力を持った小説を通し、世界と結びついているという、我々の幻想的感覚に隠された深淵を暴いた」などとされた。

・日本の早川書房から出版された小説全8作の累計発行部数は2017年10月14日までの増刷決定分を含めて約203万部[26]

・2017年10月23日付のオリコン週間“本”ランキング(文庫部門)では、7作のイシグロ作品がトップ100入りした[27]

・小津安二郎や成瀬巳喜男などの1950年代の日本映画により強く影響されていると述べている。

2017-10-09 

・ワシントン・ポスト紙「悲痛な孤独感が彼の作品の特徴だ」

・スウェーデン・アカデミーのダニウス事務局長「ジェイン・オースティンとフランツ・カフカを組み合わせたような仕事」。英紙ガーディアン(電子版)

・オースティンは日常の機微を細やかに描いた「高慢と偏見」で知られる英国の女流作家、

・一方のカフカは代表作「変身」などで人間の孤独や絶望などを描いたチェコ出身の作家。

・さらにダニウス氏は、従来の小説の概念を大きく変えたとされる「失われた時を求めて」を書いたマルセル・プルーストを「ちょっと加え、かき混ぜる」と説明したという。

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・1995 大英帝国勲章(オフィサー)、

・1998 フランス芸術文化勲章、

・2018 日本の旭日重光章を受章している。

・2008 『タイムズ』紙上で、「1945年以降の英文学で最も重要な50人の作家」の一人に選ばれた。作品の特徴として、「違和感」「むなしさ」などの感情を抱く登場人物が過去を曖昧な記憶や思い込みを基に会話・回想する形で描き出されることで、人間の弱さや、互いの認知の齟齬が読み進めるたびに浮かび上がるものが多い。

・作家の中島京子は非キリスト教文化圏の感受性を持ちながら、英国文学の伝統の最先端にいる傑出した現代作家であり、受賞は自身のことのように嬉しいと述べている。

・多くのイシグロ作品を翻訳した土屋政雄はイシグロを非常に穏やかな人と述べた上で、いつかするだろうがノーベル文学賞の受賞はもう少し時間がかかると思っていたので今回の受賞には驚いたと語っている。

・ピアノやギターをたしなむ。10代のころはシンガー・ソング・ライター志望であった。ボブ・ディランのファンであり、ノーベル文学賞受賞の際には「(前年の受賞者である)ボブ・ディランの次に受賞なんて、素晴らしい」と語った。

・また、ジャズ歌手であるステーシー・ケントのために、ケントの夫でサックス奏者のジム・トムリンソンとともに数曲を共作した。

・2018年6月9日 Knight Bachelorに叙され、サーの称号を得た。

・1986、ソーシャル・ワーカーのローナン・アン・マクドゥガルと結婚。

・娘のナオミ・イシグロもまた作家である。

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・両親とも日本人で、本人も成人するまで日本国籍であったが、幼年期に渡英しており、日本語はほとんど話すことができないとしていた。しかし、2015年1月20日に英国紙の『ガーディアン』では英語が話されていない家で育ったことや母親とは今でも日本語で会話すると述べている。さらに英語が母語の質問者に対して、「I’m pretty rocky, especially around vernacular and such. 」など「言語学的には同じくらいの堅固な(英語の)基盤を持っていません」と返答している。最初の2作は日本を舞台に書かれたものであるが、自身の作品には日本の小説との類似性はほとんどないと語っている。

1990年のインタビューでは「もし偽名で作品を書いて、表紙に別人の写真を載せれば『日本の作家を思わせる』などという読者は誰もいないだろう」と述べている。

・むしろ小津安二郎や成瀬巳喜男などの1950年代の日本映画により強く影響されているとイシグロは語っている。日本を題材とする作品には、上記の日本映画に加えて、幼いころ過ごした長崎の情景から作り上げた独特の日本像が反映されていると報道されている。

1989 国際交流基金の短期滞在プログラムで再来日し、大江健三郎と対談した際、最初の2作で描いた日本は想像の産物であったと語り、「私はこの他国、強い絆を感じていた非常に重要な他国の、強いイメージを頭の中に抱えながら育った。英国で私はいつも、この想像上の日本というものを頭の中で思い描いていた」と述べた。

・2017年10月のノーベル文学賞の受賞後にインタビューで、「予期せぬニュースで驚いています。日本語を話す日本人の両親のもとで育ったので、両親の目を通して世界を見つめていました。私の一部は日本人なのです。私がこれまで書いてきたテーマがささやかでも、この不確かな時代に少しでも役に立てればいいなと思います」と答えた。なお、ノーベル財団では公式な国別の受賞者リストを出していないという立場であり、公式ホームページにおける出生国による受賞者のリストは便宜上の非公式なものである。ノーベル財団は公式のプレスリリースにおいて「2017年度のノーベル文学賞は英文学作家のカズオ・イシグロに授与された」(The Nobel Prize in Literature for 2017 is awarded to the English author Kazuo Ishiguro.)と発表している。

・2018年に故郷である長崎県および長崎市からそれぞれ名誉県民並びに名誉市民の称号が贈られ、同年7月3日にロンドンに於いて長崎県知事・中村法道と長崎市長・田上富久からそれぞれ証書と記念品が授与された。イシグロは“故郷”からの表彰に「長崎は私の体の一部で、名誉称号は自然なこと。特別で心温まるものだ」とその喜びを語っている。

(雁註)一般に作家は賞をとると、しばらく休むことが多い。サー・イシグロ、実に変転自在の文章を書く。しかも書いた分野が多岐、歴史、推理、ミステリー、ファンタジー、SFである。英語の解説で○○○とか書いてあったが見当たらない。
・一(ひと)っ所に止(と)まらない。イギリス、フランスから各種の賞を受けた。
・エリザベス女王から Sir の称号を授与されている。
・きっと読者は、イシグロの小説また映画から、いろいろなことを学ぶことが出来ると思う。
・ポルトガルの作家・ペソアは、異名でも小説を多く書いている。異名で、そして全く別の視野、意図のため、別の作家かと勘違いするが、全部、ペソアが書いたものである。

・とにかく、凄い作家が登場したものだ。今後も期待したい。

邦題 原題 出版年 翻訳者 翻訳出版年
遠い山なみの光[注 2] A Pale View of Hills 1982年 小野寺健 1984年
浮世の画家 An Artist of the Floating World 1986年 飛田茂雄 1988年
日の名残り The Remains of the Day 1989年 土屋政雄 1990年
充たされざる者(英語版) The Unconsoled 1995年 古賀林幸 1997年
わたしたちが孤児だったころ When We Were Orphans 2000年 入江真佐子 2001年
わたしを離さないで Never Let Me Go 2005年 土屋政雄 2006年
忘れられた巨人 The Buried Giant 2015年 土屋政雄 2015年
クララとお日さま Klara and the Sun 2021年 土屋政雄 2021年
『クララとお日さま』は2021年3月、英Faber & Faber社、米Knopf社、早川書房の世界同時発売
 
過日、クララとお日さまを購入した。読むのが楽しみである。
もう、余命からも、あと4-5年か、あまり読める年月も限られてきた。


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