◎浮世絵学04/外題(富嶽百景1.2.3)1835、1836、1849前北齋爲一(ゐいつ)筆 酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂) http://www.ukiyo-e.co.jp/19978
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2018-03-30現在(2018-09-14更新)  浮世絵学  http://www.ukiyo-e.co.jp/19978

酒井雁高 浮世絵・酒井好古堂主人、学芸員 

SAKAI_gankow,  curator,  professional adviser of ukiyo-e

*** 前北齋(さきのほくさゐ)爲一(ゐいつ)は、 ◯1830-1833(天保2-天保5)(4年間で)、「冨嶽三十六景」(一枚絵、全46)を完成した。江戸・永壽堂より刊行。その直後、1835(天保6)、1836(天保7)、1849(嘉永2)、「富嶽百景」(半紙本の挿絵、3冊)を編集し、名古屋・永楽堂より刊行した。一枚絵の冨嶽三十六景を補充するもので、面白い構図が見受けられる。 *なお、「冨嶽三十六景」の「冨」嶽は、ワ冠。「富嶽百景」の「富」は、ウ冠の表記。   *** ◯これまで富嶽百景の全編の全画像を掲載していなかった。ほぼ初摺に近い本書を掲載した。 各編の序文、跋なども全文を掲載する。また天保四年 書名不明であるが、富嶽百景の広告文も末尾に掲載する。 1860s-1890sフランス、ドイツ・オーストリア、イギリス、アメリカなど多くの藝術家が、北齋を頂点とした浮世絵、殊に挿絵を衝撃として捕らえたことが分かる。非宗教画、非貴族王族、つまり庶民の絵画、人物、動物、植物など森羅万象を描いた、これが浮世絵であった。 ◯しばしば、浮世絵(一枚絵)が西欧に輸出された陶磁器の包み紙に使われたとあるのは誤りである。西欧の博物館、美術館で、そのような包み紙を見たことがない。陶磁器のパッキングに使われた材料は、墨一色の再生紙(漉き返し)の版本であった。一枚絵の浮世絵は、パッキングに使われていない。合巻(ごうかん)など粗悪な再生紙である。雑誌がパッキングに使われのと同義である。地厚の奉書、つまり楮(こうぞ)の浮世絵では有り得ない。 ◯富嶽百景/初編(1835)、二編(1836)、三編(1849)。三編全部、江川仙太郎の彫である。三編/廿五ウラに「江川仙太郎刻」とある。 なお、この版本は、ほぼ初版と称して良く、充分、爲一(ゐいつ)落款の醍醐味を堪能することが出来る。初版は彫、摺が念入りに施され、立体感が表現されている。 ◯絵師と同様、絵師以上に彫師の力量が試されている。爲一落款の富嶽百景は、あらゆる絵本の代表作と云えるかも知れない。狂歌絵本に匹敵する繊細な彫である。西欧の藝術家が、挙って本書から暗示を受けて、彫刻、建築、絵画、工芸などに応用しているのも頷ける。 ————————————————————————————————————— ◯富嶽百景  1 2 3 1/初編  http://www.ukiyo-e.co.jp/19978 2/二編  http://www.ukiyo-e.co.jp/19978 3/三編  http://www.ukiyo-e.co.jp/19978 *三編は最晩年、1849に刊行 – ◯1835富嶽百景1(初編) 11834天保5 1序           (雁註)序と本文の丁数は別々、扉の裏に東壁堂製本畫譜目録がある。  
 

(初編、種彦の序文)

契沖が富士百首は突兀として顕れ、東潮が不二百句は綵雲にかくれて見えず。今、新に百嶽を圖するハ前北齋(さきのほくさゐ)翁也。

此山や独立して衆峯の□を出つ。翁の畫も又独立して其名高き事一千五百丈に過なむ。畫帖、諸國にわたり□藏する者、最多し。

豈十五州の壮観而已ならむや。不二の十名を秘藏抄に載たり。先生、屢々、名を改む。かぞへなば、十名にも満へし。

それかれ因あれバにや。此の岳を愛すること年あり、近く田子の浦に見あげ三保ヶ崎に望む。

隈なき月盛なる花のここちし天風情薄とてか、遠く富士見原に杖をひき、汐見坂に駕をとどめ、柳の絲に…透し稲葉の戦きに高根を仰ぎ、

逆浪巌の砕くの大洋、白雲を埋る羊腸嶮岨に上り危に下り眞原を寫されたれば、翁の精神、

此巻に止り端山しけ山世にしけき畫本の峯□突兀と出む事、阿闍梨の百首に劣らめやと。

天保甲午緑秀             柳亭種彦敬白(印)

座齋盛義 書(印)

1.二   1.三   1.四   1.五   1.六     1.七   1.八   1.九   1.十   1.十一   1.十二   1.十三   1.十四   1.十五   1.十六       1.十七   1.十八   1.十九          (雁註)名古屋城の金の鯱を思わせるが、これは江戸である。     1.二十         (雁註)北齋漫画、富嶽百景ほか、多くの絵手本から肉筆偽筆が作られている。この橋だけの肉筆も散見している。 その肉筆が何年何月に展覧、また掲載されたかの経歴(プロブナンス)が重要である。新しいものは、偽筆と見て間違いない。   1.廿一   1.廿二   1.廿三   1.廿四         (雁註)櫻が満開である。やはり、墨一色でなく、錦絵のような鮮やかさが欲しい。   1.廿五 1.廿五ウ                    (雁註)俵を富士山のように積み上げた構図、その間に富士を配置している。     ◯1836富嶽百景2(二編1835天保6 2.序

(二編序文(廬山孝)(刻印「守静庵」「里井」)

富士之□山…

天保六乙未正月       廬山孝

(雁註)廬山孝 守静庵 里井 など情報はあるが、不明

2.一   2.二   2.三          (雁註)手前に樹木などを配置して、その奥に景色を描く。これは爲一(ゐいつ)の常套手段。   2.四     2.五           (雁註)これは冨嶽三十六景の山下白雨を思わせる構図である。   2.六   2.七   2.八   2.九   2.十          (雁註)団扇絵に、似たような構図がある。   2.十一     2.十二           2.十三     2.十四     2.十五   2.十六     2.十七     2.十八     2.十九         (雁註)面白い構図である。これほど危険な作業はない。     2.二十     2.廿一   2.廿二         (雁註)墨一色であるが、薄墨により、雪の質感を上手く捕らえている。   2.廿三          (雁註)この人物は、柿本人麿であろうか。     2.廿四   2.廿五       2.廿五ウ

(初版)二編、跋がある。

己六才より物の形状を写の癖ありて、半百の比より数々画図を顕すといへども、七十年前、画く所は実に取に足ものなし。

七十三才にして、稍禽獣虫魚の骨格草木の出生を悟し得たり。故に八十六才にしては益々進み、九十才にして猶、

其應意を極め、一百歳にして正に神妙ならん□。百有十歳にしてゃ、一点一格にして生るがごとくならん。願くは、

長壽の君子、予が言の妄ならざるを見たまふべし。画狂老人卍述。

  ◯1849富嶽百景(三編) *序文に翁九十歳云々 3.序一

(三編序文) 小笠序 天保六(1835)七寶山下老人小笠

君錫子の百富士は畫の正なるものなり。北齋翁の富嶽百景ハ、畫の奇なる者なり。翁、雄健之筆を以て、

一富峯をよく楮墨の間に鼓舞す。八面向背、寫し得て、きはめて妙絶なり。聞、翁の齢、今九十を□て視聴、

なほ少年に比すと。豈嘗て仙旦を此名山に求得たる□。三篇刻成に及て、東壁主人五蝶子、序を予に需、一閲三歎して之を記。

(雁註)七寶山下老人小笠、何者か分からない。翁は九十歳とある。

3.一     3.二   3.三     3.四     3.五     3.六       3.七       3.八       3.九                 3.十       3.十一       3.十二       3.十三       3.十四       3.十五       3.十六     3.十七       3.十八       3.十九     3.二十       3.廿一             3.廿二         (雁註)丸い顔、これは北齋の自画像である。三十六景を初め、あちこちの版本に出て来る。北齋74、75、76歳の肖像画。   3.廿三   3.廿四         (雁註)岩窟など、刳り貫いた構図から遠近を強調する手法。これは爲一(ゐいつ)の常套手段。 近代彫刻なども、この手法を取り入れている。   3.廿五       3.廿五ウ      

大尾 一筆の不(二) *何故か、「二」が欠けている。

ノド(版本の内側)「江川仙太郎刻」とある。彫師の名人である。

富嶽百景の広告

富嶽百景 前北齋爲一老翁筆(割書)来午(天保五年)二月、賣出し申候。

前北齋爲一翁、嘗て畫本若干巻を著し、四方に行はるる事盛也と□も、其印行する所、一鱗一爪にして意に協ハず、

常に是を憾す。此編ハ、翁、諸州を遊歴せる比、普く勝概を探り佳景を索め、山川原野閭巷僻陋幽邃の地といへども、

遺漏なく其眞趣を模写し、筺筒に秘藏する縮圖なり。翁、僕に語りて、我眞面目の畫訣、この譜に尽せりと。愛玩して措ず。

僕、展覧するに些々たる片楮の中、千万萬水の妙境を収め丹青の奇絶、所謂、全龍の顕然たる者也。

故に切に切に乞得て上梓し、世に公にせんと欲す。誠に稀世の珍書というべし。文人墨客、幸ひに閲し給はば、

畫學の益あるのみにあらず、駕を枉(まげ)ずして直に山水に對するが如く、臥遊の清興一樂事ならずや。

雲顧の 君子必座右に備へ給ハん事を冀(こいねが)ふ而已         板元敬白

何か御気付きの点がございましたら、御連絡ください。

酒井 雁高(がんこう) 学芸員 curator 浮世絵・酒井好古堂 [http://www.ukiyo-e.co.jp] [浮世絵学]文化藝術懇話会  浮世絵鑑定家 100-0006東京都千代田区有楽町1-2-14 電話03-3591-4678 Fax03-3591-4678



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