浮世絵学04/外題(BM 大英博物館 北齋展 Hokusai ? Exhibition, British Museum)1864-1865頃、日本で、偽装(擬装)者が木箱を作り、爲齋(無款)の画稿を北齋に偽装<1828(文政12.09)萬物繪本大全圖(版下)、制作年月、前北齋爲一老人畫>と書き込んだ http://www.ukiyo-e.co.jp/81772
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浮世絵学04/外題(BM 大英博物館 北齋展 Hokusai ? Exhibition, British Museum)1864-1865頃、日本で、偽装(擬装)者が木箱を作り、爲齋(無款)の画稿を北齋に偽装<1828(文政12.09)萬物繪本大全圖(版下)、制作年月、前北齋爲一老人畫>と書き込んだ http://www.ukiyo-e.co.jp/81772

 
1982-04-29現在(2021-12-09更新 浮世絵学:ukiyo-e study  浮世絵鑑定(肉筆浮世絵、錦絵):judge
 

大英博物館 北齋展? Hokusai Exhibition, BM 

浮世絵鑑定家の私(酒井雁高)は、これらの画稿は北齋の作品ではないと断言(2021-11-14現在)

従って、図録 $37.50、日本までの配達料 $13.89、合計 $51.39

画稿が北齋でなければ、購入者を欺くものとなる。

The Guardians says: In June 2019, a set of 103 drawings mistakenly attributed to another artist went on sale in Paris.   Expert dealer Israel Goldman recognaised this as a lost body of work by Hokusai and the British Museum’s authority timothy Clark agreed – so the museum bought them.

But these words “mistakenly to another artist ” were false ideas.   Expert dealer Israel Goldman-san and BM authority curator Timothy Clark-san unfortunately were quite wrong.

The reasons as follows.   Title, date and  signature are not by Hokusai himself, nor Wisai himself.

In 1870s someone in Japan could disguise unsigned (i.e.Wisai ) drawings as Hokusai with wooden box of marble paper by European and tensho-style text  by Japanese calligrapher.

以下、理由および根拠を述べる。

BM 大英博物館 北齋展として公開しているが、実は無款
無款の版下画稿を北齋とする根拠(北齋自身による傍証、手紙)が欠落していて、不十分
 
2021-11-14(日)(日本時間)国際浮世絵学会
バックランド博士が、北齋であると述べていたが、その根拠が不十分であり、浮世絵学として比定する。
「70年の眠りから目覚めた北斎画」と断定した、70年の根拠、北齋とした根拠が全く不明であり、学問として認められない。
北齋が板元(嵩山堂)に当てた書面があるが、それらの年月日、差し出し人、受け取り人、書面を点検しても、北齋であるという根拠は明らかでない。何処にも、萬物繪本大全圖という書名は確認できない。
 
懸念事項について、納得できる解釈は全く見当たらない。
 
2021-11-14現在、私(酒井雁高)は、無款(画稿)が北齋ではないとする根拠を下記のように考えている。
制作年代:1864-1865(雁註)爲齋図式 三編、四編 近刻 この予告があり、1864-1865前後が妥当。
1)オランダ語を含め、その他、外来語のカタカナが使われているので、1864-1865前後である。
2)表紙の周生、骨格が不自然、腰、両脚、肩に破綻があり、北齋の描写と全く違っている。
3)亜弗利加ノ地ニ産ス スドロイスホウゲル 亦ストリユ 世界第一ノ巨鳥ナリ
 食火鶏・カゾアル 駄鳥トスルハ誤リ(006)
4)龍宮城・琉球ヵ(029)
 爲一の琉球八景に、ほぼ同図がある。「龍宮城・琉球カ」と記述している。
 これは北齋爲一の画稿ではない。爲齋は、師匠の爲一の琉球八景を確認できなかったか。
5)鄭芝龍ガ砲術海魔ヲ劫カス(043) 
 北齋の人物描写は、骨格がかなり正確に描かれているが、これらの板下画稿、人体骨格に無理がある。
6)流離王雷死(081) 、右足が180度、回転している。
 描写に関して、北齋は合理的な考えを好み、このような在り得ない足の画像を描かない。
 
私は、浮世絵鑑定家(酒井雁高)として、「為齋(ゐさい)」の版下画稿の蓋然性(がいぜんせい)が高いと考えている。その根拠は「爲齋画式の予告、三編、四編 近刻」である。
 
横山 實先生から、外国の知人の一人が、展示品は「北齋」ではなく、「為齋」であるとの連絡を受けていた。以前、私も会ったことのあるルソー氏であると思う。ルソー氏は亡くなっている。
 
 *爲一(ゐいつ)1760-1849    -1820.01-1833.12- 真筆「爲」の文字、特徴があります。
    *為齋(ゐさい)1821-1880     -1840s-1867-   為齋は絵手本を刊行。この版下は出色の出来。
 *生没年が違っているので、同人として扱うのは不合理。
 

詳細に遺稿、その他を点検してみよう。

・102枚の板下画稿、無款。 
・無款の作品、絵師を特定するには、明確な根拠がない限り、不可。
2021-11-14 (日)日本時間、国際浮世絵学会
・ バックランド博士(イギリスBM)は、オンラインの国際浮世絵学会で、「為斎の図」と「万物絵本大全図」を比較しながら、「万物絵本大全図」の図の方が、筆跡が鋭いので北斎筆であると断言。
・爲齋の図、この版本の外題は、本来、何であったか。
・爲齋の版本は、1864(元治1)、つまり最晩年の作品と比べる必要がある。
・「筆跡が鋭いので北齋筆」と言われても、鋭い、鋭くないの区別が恣意的で、説得力がない。
・バックランド博士は、萬物繪本大全圖を「ばんもつ」と読むと述べていた。
 国書総目録では、「ばんもつ」は7例、「ばんぶつ」は50例。つまり、一般に「ばんぶつ」と読んで差し支えない。
 
1   木箱*、[萬物繪本大全圖 葛飾前北齋爲一老人畫] *偽装(擬装)
 
1864-1865頃 偽装(擬装)者が、無款(爲齋)の画稿を北齋に偽装するため、「木箱に、書名、制作年月、落款「爲一老人畫」を書き込んだ。
・書名、制作年月、落款など全く根拠不明である。
・従って、北齋自筆ではない、むろん、爲齋自筆でもない。
 
1870s-1880s ヨーロッパに渡り、木箱の中、及び蓋の裏は、ブルーとピンクのマーブル・ペーパーで装飾された
                                                                (104)
 
 These drawings are NOT Hokusai, but his pupil Wisai,
 
・102点の版下画稿は、木箱に収められている。蓋は上にスライドする。
・木箱の中、及び蓋の裏は、ブルーとピンクのマーブル・ペーパーで装飾されている。
このようなペーパーを貼り付けることは、江戸時代にはない。
これは明らかにヨーロッパ人が装飾したもので、1870s-1880s(明治期)であることを示している。
 
This signature on the box is not Hokusai, but later probably 1870s-1880s. Someone’s brush writing. 
Japanese love box, but especially wooden grain, so the marble papers were done by European.  

 

2  表紙(001)* 1枚[A6横の画像][よしのやま]、画稿102枚 約16.0 x 10.0cm(半紙本 22.0 x 15.0)

*1870s 明治期、偽装者(擬装者)が、この表紙(001)に[書名、制作年月、落款]を書き記した。

*クラーク氏は表紙をtextと称している。

北齋自筆ではない為齋自筆でもない。

無款(爲齋)作品を北齋に擬装(偽装)するために、偽装者が木箱、表紙などでを偽装した。

*上部に・103 dessins y compres de titre (103枚の画稿1枚の表紙、フランス人が鉛筆で書いた) 

(雁註)画稿は103枚、表紙1枚と書かれているが、画稿は102枚か

 

  (001)テキスト、表紙、しかし偽装で、北齋爲一の真筆ではない
 
萬物繪本大全圖、制作年月、前北齋爲一老人畫(版下の表紙)(ヴェヴェール印)
1864-1865   偽装者(擬装者)が、日本で篆書家に無款(爲齋、ゐさい)筆の版下画稿に、別途表紙を用意し、篆書体で書いた。
・書名:萬物繪本大全圖、この外題は全く根拠がない
・制作年月*:文政十弐歳次己丑九月之圖、 *1828(文政12.09)、この年月は全く根拠がない
 ・偽装者は、絵本水滸傳を見て、年月を書いた。落款(前北齋爲一老人畫)が同じ記述である。
 ・北齋自筆ではない。調査の限りでは、1828(文政12.09)、北齋は他の絵本を描いていない。
・落款:葛飾前北齋爲一老人畫
落款は、「爲一」自筆真筆と違っている。
・偽装者(擬装者)が、1864-1865、篆書家に書かせた。為齋自筆でもありません。
 
編纂:柳河春三(1832-1870)
・楊 大昕、支那人を装い、「楊」と一文字の姓を使っている。
・日本人が使う日常の漢語と違う、難しい漢語を使う癖がある。
・挿絵の解説:春三(しゅんさん)。北齋の使う漢語と全く違っている。
 
 
3   よしのやま[印] 誤読による誤刻(正しくは「ふしのやま」)
 
1864-1865、表紙は爲一(ゐいつ)自筆ではない。また、為齋(ゐさい)自筆でもない。
画稿と表紙は紙質が別である。つまり表紙は、画稿と別途に、用意されていた。
偽装者が、篆刻家に依頼して、篆書体で、書かせた
よしのやま 誤読、誤刻(正しくは[ふしのやま])
・この印章、大坂の二代戴斗が使っている。
大坂なので、奈良の[よしのやま]を意識して使ったか。
むろん、北齋の[ふしのやま]に対抗したものであろう。
・二代戴斗の絵手本を再調査する必要がある。
・浮世絵学01/落款(たいと2) 戴斗2_総目録_79項目 酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂主人)     
・2021-11-30現在のところ、私(酒井雁高)は爲齋を北齋に偽装したと考えている。二代戴斗は、北齋と区別が付き難いほど、画技の熟達した浮世絵師である。しかし、絵本三国志、萬職図考(全5)などとは違うようだ。
 
[印]よ・し・の・や・ま
 
The Seal [Yo・shi・no・ya・ma]was misread and misengraved. 
So this writing was NOT Hokusai original writing.
This jacket with Hokusai signature was NOT his original signature, but later 1864 -1865 someone wrote it in Tensho-style brush calligraphy.  
So this drawings are NOT Hokusai’s works.
 
[印]ふ・し・の・や・ま
 
北齋の[印][ふ・し・の・や・ま] *一筆書き これが正しい。
従って、[よ・し・の・や・ま]は不可。しかも、吉野山は、北齋と無関係です。
 
浮世絵学01/落款(ふしのやま)1815(文化12孟夏)北齋改葛飾戴斗(たいと)/北齋漫画 [ふしのやま] 1815(文化12孟夏)北齋改葛飾戴斗/北齋漫画 [ふしのやま]  酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂) http://www.ukiyo-e.co.jp/76882 
 
4   爲齋画式 初編の編纂は、楊大昕*  
 
楊大昕は、柳河春三 (1832-1870).  *しゅんさん 
・支那趣味の濃厚な人物、洋学者
・三編、四編も、春三が解説を書いたと考えて良い。
北齋の使う通常の漢語と違って、かなり長文で、難解である
・従って、これらの画稿は北齋ではなく、爲齋である
 
 
 
萬物圖解・爲齋畫式 初帙 全」
半紙本 寸法(22.5 x 15.5cm、ほぼA5) 
上下に半切するとA6横 、はがき大
 
 
 
架蔵の爲齋画式の裏表紙、Hokusai と鉛筆で書かれている。
漢字を読めない当時の西欧人が、爲齋と判断できず、北齋と誤認したようである。
 
 
1864元治甲子之秋 楊大昕 だいきん
柳河春三(1832-1870) 
・春三(しゅんさん)は支那人を装っていて、楊大昕と署名している。
・名古屋の人、伊藤圭介(1803-1901)に蘭学を学び,のち開成所教授となる。
・わが国最初の雑誌である『西洋雑誌』を1867に発行。 翌1868には『中外新聞』を創刊した。
 
柳河春三1832-1870)
 
婦利々々(ぶりぶり)
・もと中近東で開発された玩具(おもちゃ)、左右に回転させると、ぶりぶり、と太鼓を叩く。
・子供のころ、持っていたが、まさか、中近東のものだとは思わなかった。
・父が中近東へ出掛けた折り、革を貼った陶器製の太鼓に、紐で堅い粘土の玉を左右に付けて、左右に回転させて、音を出した。
・この図像は、本来のブリブリと、かなり違っている。この理由は解らない。
 
恐らく、下記の書物を参照して引用したか
1609(萬暦37)王圻/三才図会 
1666(寛文6)中村惕斎/訓蒙図彙  *Clarkさんからのメール資料 
1693(元禄6)下村/房供( 画)/万物絵本大全調法記  *Clarkさんからのメール資料
1712(正徳2次序)寺島良安/和漢三才図会
 
5  萬物圖解・爲齋畫式 三編、四編 近刻(予告)
・ここの寶集堂予告に 「同(萬物圖解・爲齋畫式)三編、四編 近刻」 とある(架蔵本)
・版本の場合、外題替え、跋の異同など、かなり違うことがあるので注意。
These drawings Wisai’s drawing album are compiled by YANAGAWA Shunsan (1832-1870).

He disguised himself as a Chinese, so the explanation words (Kanji Character) with drawings were very unusual, not familiar to Japanese, especially Hokusai.  So these drawings are Not Hokusai’s works. 

 
 
1864(元治1)、爲齋の描写は、落款が無ければ北齋と誤断する程、北齋の画技を修得している。
 
跋 東都葛飾爲齋圖
萬物圖解・爲齋畫式 初帙 二帙 出來
同         三編 四編 近刻
 
‘Soon Wisai’s drawing albums are published. ‘  But NOT published.  So these drawings are existed to be underdrawings done by Wisai, NOT Hokusai’s works.
 
・予告に、萬物圖解・爲齋畫式 三編、四編 近刻 *しかし未刊行
・これらの予告が正しければ、大英博物館、北齋展の作品は、爲齋の画稿である蓋然性が高い。 
Wisai Gashiki vol. 3 and 4.   Not Hokusai 
・一編、13丁、見開きで26ページ。
・半紙本(A5,22.5×15.5cm)を上下に半裁(A6)すれば、52ページ。
 
・三、四編で、2冊x52 = 104ページ
・表紙1枚、画稿103枚、合計104枚と一致している。
 
Hokusai (1760-1849) 北齋(ほくさゐ)
Wisai   (1821-1880)     爲齋(ゐさい) 北齋の弟子、Hokusai’s pupil
 
 
 
 
寶集堂 大和屋(やまとや)嘉兵衛 江戸中橋東中通下槙町 
 
為齋(ゐさい)/著作目録 
1821-1880     爲齋(ゐさい)
 
6 アンリー・ヴェヴェール(1854-1943)所蔵
1870s -1880s  He got these underdrawings to assume Hokusai original drawings. 
1890s Many collectors of ukiyo-e in Europe influenced by Japonism, Japonismus and Japanese arts.
1900 Collection Hayashi sales catalogs.
1909-1914 Vignier & Inada, 6 catalogs

1909Vignier and Inada : Estampes Japonaises Primitives, D. A. Longuet, Paris

1910Vignier and Inada: Harunobu Estampes Japonaises, D. A. Longuet, Paris

1911Vignier and Inada: Kiyonaga Buncho Sharaku Estampes Japonaises, D. A. Longuet, Paris

1912Vignier and Inada: Utamaro Estampes Japonaises, D. A. Longuet, Paris

1913Vignier and Lebel, Jean and Inada: Yeishi Choki Hokusai Estampes Japonaises, D. A. Longuet, Paris

1914Vignier,  Lebel, J. and Inada: Toyokuni Hiroshige Estampes Japonaises, D. A. Longuet, Paris

1909-1914  Exhibition in Paris.  Seidelitz, Mignon, Lemoisne, Mutiaux etc
1920 Sold his some collection to Matsukata
1920s  Bought from Gonse, Javal, Havilland’s collection
1974.03 Sotheby sales #1
1975.03 Sotheby sales #2
1977 Sothey sales #3
1978 Sothey sales #4  
2020.06  piaza(パリ)オークションで、130,000ユーロ。大英博物館が購入
ユーロ130x130,000=16,900,000円  エスティメートの6倍
*カタログに、「為齋」と書かれている。未確認であるが…
 
7  大英博物館 北齋展 2021.09.30-2022-1.31
・北齋でなくて、為齋ならば別の絵師の作品を展示していることになる。
・1864-1865頃、偽装者は、爲齋を北齋に偽装(擬装)して、ヨーロッパに持ち込んだ。
*大英博物館の北齋展、責任者(ネットによると、学芸員アルフレッド・ハフト、ティモシー・クラーク)は、無款の画稿が北齋であることの根拠、および傍証を書面で公開することが不可欠
*北齋図録の表紙、周生の画稿を見ても、これは北齋ではないと断定できる。これは浮世絵鑑定家として、はっきり断言できることである。酒井雁高(2021.11.27現在)
 
 
After all, these drawings are NOT done by Hokusai(1760-1849), but his pupil Wisai(1821-1880).
Please everyone to visit BM could watch carefully these underdrawings in details.  
 
Timさんからのメール、104枚の画稿を見ることが出来ます。
・テキスト表紙(001)1枚、
・画像(002-103)102枚、
・木箱の蓋(104)1枚。
この無款の作品、一体、誰が描いたものでしょうか。
皆さんも、明確な根拠だけを取り入れて、考えて下さい。恣意的な根拠は不可です。
この図録の表紙を丁寧に見て下さい。身体の骨格が不自然です。これは北齋の描き方ではありません。
 
Timさん、この画稿(無款)を北齋と認定しました。その根拠は欠落して、納得できません。
制作年代を最大30年間としている。
・決定したとは言い難く、年代決定を放棄している。
・しかも、全く根拠が不明で、納得できるものではない。
制作年代:1820s-1840s(by Timothy Clark)
 
2021-11-14現在、私(酒井雁高)は、無款(画稿)が北齋ではないとする根拠を下記のように考えている。
制作年代:1864-1865(雁註)爲齋図式 三編、四編 近刻 この予告があり、1864-1865前後が妥当。
1)オランダ語を含め、その他、外来語のカタカナが使われているので、1864-1865前後である。
2)表紙の周生、骨格が不自然、腰、両脚、肩に破綻があり、北齋の描写と全く違っている
3)亜弗利加ノ地ニ産ス スドロイスホウゲル 亦ストリユ 世界第一ノ巨鳥ナリ
 食火鶏・カゾアル 駄鳥トスルハ誤リ(006)
4)龍宮城・琉球ヵ(029)
 爲一の琉球八景に、ほぼ同図がある。「龍宮城・琉球カ」と記述している。
 これは北齋爲一の画稿ではない。爲齋は、師匠の爲一の琉球八景を確認できなかったか。
5)鄭芝龍ガ砲術海魔ヲ劫カス(043) 
 北齋の人物描写は、かなり正確に骨格が描かれているが、これらの板下画稿、人体骨格に無理がある
6)流離王雷死(081) 右足が180度、回転している。
 描写に関して、北齋は合理的な考えを好み、このような在り得ない足の画像を描かない。
 
Images of all the drawings are available for close study through the museum’s website:
 
Dear Mr.Alfred Haft-san
Dear Mr. Timothy Clark-san
Dear Dr. Rosina Buckland-san 
of BM have to show the clear and thorough EVIDENCE each other with individual paper report that these drawing were certainly done by Hokusai.
Unsigned, so it’s very difficult to decide the artist without complete evidence .   Each different opinion are hearty welcome.
 
Many Japanese students, scholars and lovers of all over the world hope to hear from all of you.
 
The Signature on Jacket(001)and Box are not Hokusai’s original signature.  
Later probably 1864-1865, impersonator wrote the signature of Hokusai in Tensho-style calligraphy. 
The words of explanation for each drawings are not Hokusai’s words, but very long, complicate and unfamiliar for Japanese, rather Chinese usage compiled by Yanagawa Shunsan (1832-1870).
That means NOT Hokusai style but Wisai. 
 
大英博物館、展覧会図録 モノクロ £20 ポンド  で販売しています。
ポンドのレート£ = 150.39JPY 3,008円
 
Amazonで、11/30、予約受付中。4,205円  176pp.
他の出版社は、かなり高額で販売しているようです。
 
大英博物館は、国家で運営しているので、世界中の誰でも、無料で入場できます。
 
何か御気付きの点があれば、御教示ください。

酒井 雁高(がんこう) 学芸員 curator 浮世絵鑑定家

1982-04-29現在(2021-03-03) 浮世絵学:ukiyo-e study  浮世絵鑑定(肉筆浮世絵、錦絵):judge

SAKAI_gankow, curator, professional adviser of ukiyo-e

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