浮世絵学04/外題(東洋学の創始者たち) 1976吉川幸次郎/東洋学の創始者たち 講談社 酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂主人) http://www.ukiyo-e.co.jp/43944
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白鳥庫吉(1865-1942)

*1910.06-07(明治43)倭女王卑弥呼考を著し、卑弥呼を九州の女王であると解説した。

(雁註)2019-9-6朝日新聞、編集委員・宮代栄一氏、「古代中国の鏡? なぜ大分に」の記事が掲載されいた。230s-240s卑弥呼時代の鏡は、大分だから出土するのであって、670s奈良には出土しない。三国志を丁寧に読めば、これは解り切ったことである。浮世絵学+古田武彦 これらで検索して戴きたい。(2019-10-03追記)

内藤湖南(1866-1934) *炳卿(へいけい) 

*1910.05-06-07(明治43)卑弥呼考 邪馬壹國を邪馬臺國として、奈良に結び付けているが、「邪馬臺」は「やまと」と読むことは出来ない。神田喜一郎、貝塚茂樹らは、本論文を力作としているが、原文を都合よく解釈していて、信頼できない。方角について、「南は東を兼ねる」と決め付けている。一体、何処から、そのような非科学的な結論が導き出されるのか。これでは、湖南先生の支那學の他の業績も全て地に落ちてしまう。三国志を全帰納法で点検すると、「576個の南」は「東」を兼ねている箇所は一箇所もない。(古田武彦)

服部宇之吉(1867-1939)

狩野直喜(1868-1947)

桑原隲蔵(1870-1931)*じつぞう

池内 宏(1878-1952)

*編者は狩野直喜の弟子・吉川幸次郎(1904-1980)

戦前、皆、上海、北京へ留学して「支那學」を学んだ。東洋学という名前は戦後である。

何か御気付きの点があれば御教示ください。
酒井 雁高(がんこう) 浮世絵・酒井好古堂主人 学芸員 curator 
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