浮世絵学01/落款(歌麿)/偽筆*06_うたまろ/歌麿_岡田美術館(箱根)「深川の雪」??? 實ハ無款、無外題 偽筆 2014.04.13酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂主人) [HP: ukiyo-e.co.jp]
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浮世絵学01/落款(歌麿)/偽筆*06_うたまろ/歌麿_岡田美術館(箱根)「深川の雪」??? 實ハ無款、無外題 偽筆 2014.04.13酒井雁高(浮世絵・酒井好古堂主人) [HP: ukiyo-e.co.jp]

2016-11-10現在 酒井雁高 浮世絵・酒井好古堂   [HP: ukiyo-e.co.jp]

残念なことに、それぞれの原画を見る機会が未だないが、図版を熟覧する限り、偽筆の判断は変わらない。*ある方から実際に原画を見てから発言すべきであるとのご忠告を受けたので、この文章を挿入しておく。

歌麿? 中国の仙女

歌麿の肉筆 真筆は世界に数本

明治期の肉筆鑑定

偽筆 外国向け 明治期

歌麿? 女達磨? 鍾馗? 三福神角力?

無款 歌麿? 深川の雪?
2015-04-27現在 酒井雁高(酒井好古堂主人) 浮世絵鑑定家(浮世絵専門) 学芸員

SAKAI_gankow,  curator,  special adviser of ukiyo-e, sakai koukodou gallery

*You might also see [japan-ukiyoe-musem.com]

また昨日(2014-11-16)、日本放送協会で、「無款」作品を歌麿として、「無外題」作品を深川の雪として放映した。

税金で運営しているNHKが、このような偽筆を真筆として報道すれば、詐欺になる。

無款を特定の絵師の作品と特定すること自体、至難の業である。西欧でも日本でも、これは美術史の常識である。

客観的傍証、物的証拠がなければ、決して絵師を特定できない。これは美術史の基本である。

似ているからという理由は、全く当たらない。偽筆は、似せて描くのである。似ていなければ、偽筆の役割を果たさず、意味をなさないからである。

確たる科学的根拠もなく、歌麿? 深川の雪? と断定した人物は、責任を負わなければならない。

同様に、税金で運営している公的博物館、美術館で、偽筆を展示すれば、入館料を取っている以上、詐欺になる。

その地域の知事、市長、教育委員会なども、その責任を負うことになる。

なぜなら、税金という公的補助で運営しているからである。ある新聞社の代表も、似たようなこと(同じではないが)で責任を取って辞職している。

この無款 無外題の作品を歌麿、深川の雪として展示すること自体、詐欺となる。

これは法曹関係の専門家の意見である。

酒井雁高 (酒井好古堂主人) 鑑定家(浮世絵専門) 学芸員

SAKAI_gankow, curator *偽筆を真筆として牽強付会、更に偽筆を引用しても全く無意味である。

偽筆は、どのようにしても真筆に成り得ない。

偽筆が「悪貨は良貨を駆逐する」如く、多く出回っていることを再認識することと思う。

真筆と思って、各収蔵機関が紹介する作品も、多くは偽筆である。

*なお、歌麿/総目録(版画、版本、肉筆)を点検しても、「深川」という外題、内題は検出されない。

1978浮世絵聚花03/歌麿総目録 参照 [ukiyo-e.co.jp]

2014.04.17    ukiyo-e.co.jp

◯歌麿「深川の雪」 實ハ無款、無外題の誤認、誤断定(偽筆、偽作)   (酒井雁高、酒井好古堂主人)

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◯歌麿の偽筆の関して、ここで世界的に著名な敦煌(Dun-Huang)文書、美術について述べてみる。

敦煌*文書は、4世紀-14世紀の長期にわたる不要不急の公文書類が莫高窟の蔵経洞に遺棄された。

*日本語では「とんこう」と発音しているが、国際的には「Dunhuan」(ドウンフアン)。

乾燥砂漠のため、奇跡的に保存された貴重な写経を含む資料である。

漢文の他、インド古代のカロシュティー文字、イラン系のソグド文字を含む、寺(仏教)、観(道教)など

通常の契約など、記録文書である。小説「敦煌」のような西夏タングート(党項)族中国北西部、今のオルドス地方・甘粛省のチベット系)からの略奪、焼却を恐れて、石窟に隠匿したという事実はない。

むしろ、権力から遠く離れた砂漠の敦煌だからこそ、そのまま当時の仏僧、道教など、

日常生活、写経を含む宗教文書が保存されたのである。

もっとも文書とは別に、岩窟の仏像美術は塑像(テンペラ)で、1000年以上も経ているとは思えないほど、

驚くほど鮮やかな色彩の石窟である。

専門の技術集団がいなければ、これだけの規模の石窟(中心は258窟)を長期間(北涼、北魏、唐)にわたり、開鑿できない。重修莫高窟仏龕碑によれば、建元二年(366)、樂僔、法良の二人が石窟を開鑿したとある。西魏の大統四、五年(538-539)の紀年銘が285窟北壁にある。

日本浮世絵博物館

Stein(1862-1946)は、1907年(On Ancient Central Asian Tracks)、Pelliot(1878-1945)は1908年、第17窟に遺棄、隠匿された文書類を買い取り、イギリス、フランスへ持ち帰った。これらは、すべて真である。敦煌は中国にあるが、敦煌学は中国の外で起こった。現在では敦煌(ドウンファン)のほか、吐魯蕃(トルファン)を含めて、敦煌学と称している。

さて、以上のように、洞中古(とうちゅうこ、岩窟内の蔵経洞に保存されたいた原史料)の文書は、すべて真である。

しかし、それ以後、世界中から多くの宝探しが押し掛け、入手した作品の95%は、殆どが偽であるという。

鑑定は専門家でないと難しいが、国内の多くの博物館、美術館、図書館の敦煌文書が偽であるとは驚きである。

真の敦煌文書は、30,000点ほど。これらの真から、偽筆製造者は、模写して、偽を造り出す。

紙などの料紙の違い、写経の形態上の疑問などが、総合的な判断で、真偽を判断する。

同様にガンダーラ仏も、1900以降、かなり偽物が大量に制作されている。

世界各地の博物館、美術館などの需要があり、偽物でも売れるので、盛んに制作された。

真が公開されると、それに似せて、偽造するのである。しかし、これらは、材質が新しく、形態などに疑義があり、偽として認定できる。

浮世絵の肉筆も、多少、似ている面がある。違いは、浮世絵の肉筆は極めて少ない(浮世絵全体の1%)ということである。

大半、99%は版画であり、肉筆は僅か1%ほど。大事なことは、一点である。

浮世絵肉筆の偽筆は、偽筆製造者が多くの版画を参考に、年代も無視して、似せて写したからである。

著名な浮世絵師の作品の真筆は、殆どないと云っても過言ではない。

有名な絵師の肉筆、例えば、歌麿、北齋などは、殆どが偽筆であると考えて良い。

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昨夕(2014.04.16)、ある方から岡田美術館の浮世絵肉筆、三連作?の図録を見せて頂いた。ケバケバした派手な図版で、とても江戸市井の意気を代表する歌麿の作品ではない。寛政期(1790s)の浮世絵師の作品は、洗練された気品、重厚な格調がある。品格のある美しさで完結している。図録の作品全部は、偽筆である。まともな作品ではない。小林・浅野両氏は、一体、どうしてしまったのか。これまで永い間、教育、編集などで手堅い実績をあげてきた、ご両人、全く正気の沙汰とは思えない。日本の美術界、浮世絵界、そしてTV、新聞など報道機関は、この程度かと見下されることは間違いない。今後、作品が紹介されるに従い、海外から多くの批判、叱責を受けるものと懸念する。

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朝、NHK Eテレビにて、「大発見!歌麿・幻の巨大浮世絵 なぞ多き流転の物語」「蘇った江戸時代の姿」が放映されていた。画面を見て、驚いた。テレビ画面と実際の色彩は、かなり違うが、それを考慮しても、この作品は明らかに新し過ぎて(明治出来)鮮やか過ぎる。青色の雲の色も、これまで見たことがない。多少なりとも浮世絵を知っている方ならば、すぐ偽筆と分かるはずである。この作品は、明治期に制作された「偽筆」、しかも「正真正銘」の偽筆であると確信した。

他の研究者からも、笹紅(下唇に笹色の紅)が施され、文政・天保(1820s−1830s)の風俗が写されていると。また、連作といわれる作品に「葵の紋」が描かれていて、江戸期では有り得ないと。明らかな偽筆であると。誤認にせよ、このような作品を歌麿の作品であると断定した小林忠・浅野秀剛両氏は、重大な責任を負わなければならない。観光施設は別として、美術館と称する施設で、入館料を徴収して、偽筆(複製は別)を展覧することは出来ない。各報道機関も、「正真正銘の偽筆」を真筆として報道すれば、その責任の共同正犯と認定される。云うまでもなく、科学的報道は何者も恐れず、真実を伝えることである。

————————————————————————————————————-永年、浮世絵蒐集をなさっている横山實先生(國學院大学)から、御連絡をいただいた。

興味のある方は、横山先生の下記サイトにリンクしてください。やはり偽筆(誤認)であると。

このままでは、(歌麿と)誤認では済まなくなり、報道機関を含めて、社会的に厳しい制裁を受けることも考えられる。
————————————————————————————————————-その後の調査報告を追加する。

1 歌麿総目録を確認したが、「深川…」云々というものは無かった。

小学館が総力をあげて、当時、世界中の博物館、美術館、図書館の歌麿作品を新規撮影し、整理して(小学館)に詳細な歌麿総目録を作成した。その後浮世絵聚花は全18冊を刊行した。後で、索引を追加した。殆どの巻末に主要浮世絵師の総目録を作成した。

深川は、時代の下がる(1820s−1830s)岡場所で、歌麿の頃(1780s-1790s)、まだ隠れた私娼窟程度であった。

2 笹紅(ささべに)が施されていた。

これは決定的な寄せ集め作品(偽筆)であることを証明している。笹紅は英泉(えいせん)、つまり文政ー天保(1820s-1830s)に流行った下唇の粧飾法で、光る口紅。歌麿の頃(1780s1790s)には、無かった。

3 空色の雲

鮮やか過ぎるほどの空色の雲。この色彩も全く有り得ない。映画館の宣伝用の看板のように思える。歌麿の作品では有り得ない。

4 実際に日本画を描く人の何人かが、直感的に何か違和感を覚えたという。

つまり、歌麿の洗練された描写、描線ではないと。

(歌麿を含めて、各種絵師、各種技法の寄せ集め)と考えれば、明治期に随分モダーンなことをしたものである。

落款がない、つまり無款(むかん)であるが、「歌麿が描いた」と誤認(誤鑑定)したと考えると

今後の研究材料として展示するというのならば、理解できないことはない。

しかし歌麿の作品ではない。なぜなら、落款が無い。

————————————————————————————————————-新聞、TVなどで報道された作品は、小林忠、浅野秀剛の両氏から、ご説明の回答を戴いたが、疑念を払拭するものではなく、やはり偽筆(落款が無いので、「歌麿作品である」と誤鑑定とすべきか)と判断するのが鑑定家としての立場である。以下、私見を述べる。
(歌麿? 深川の雪? 真筆? 偽筆?)浅野氏へ(小林忠氏からも、同様のご回答)浅野氏も、記述しているように、「いずれも歌麿の落款はない。」伝承?以外に「歌麿画とする記録も今はない。」しかし、「どのような伝承」なのか、「かつて記録があったが、今はない」の意か不明である。「三幅対とするには疑問点」もあり、「三幅と記す」云々。
外題  法量 制作年代(浅野氏推定)
月 (品川の月)
花 (吉原の花)(寛政頃)

雪 (深川の雪)(享和〜文化)

制作年代が異なり、大きさが同一でない。制作の経緯も未詳。何処(江戸か栃木か)で描いたか不明。分からないことが多く、この状況で真筆と断定するのは、あまりに無謀である。乱暴に真筆へと導こうとすれば、疑念ばかりが噴出する。本来、浮世絵を科学的に研究する「浮世絵学」では、 1 落款、2 年代、 3 判型形態、4 外題、 5 版元、 6 内題、7 出典 など基本的要件を虚心坦懐に精査、吟味して結論を導くことが求められている。しかし、これら肉筆には、落款(らっかん)がない。これは基本的要件が欠如している。制作年代 偽筆作者は、歌麿また他の絵師の版画を部分的に、模写、転写し、画面を組み上げて構成する。浅野氏の推定で、「制作年代は年前後の長期間に渉っている。」
判型形態 肉筆なので判型はない。「連作なのに、大きさが全く違う」ことは極めて不自然である。
外題 これも基本的要件であるが、これほど大きな肉筆作品で「全く外題また内題が記されていないことも全く不可解である。」名数から、三連作と考えても、制作年代から考えて土台、無理である。版元 肉筆であるから、これは対象外 内題 名数(めいすう)が、月雪花と考えると、内題は各々、「月、雪、花」また「雪、月、花」か。(浅野)三幅とも一見して歌麿の様式を具えており、多少の疑問は残るものの歌麿画である云々。疑問点として、なぜ無款であるのか。時代が離れすぎているのはなぜか。構想・構図が散漫に過ぎないか、などが考えられる。(雁高)落款、外題など、浮世絵学の基本要件を欠くにも拘わらず、様式(似ている)から歌麿と断定したことは、美術史家としての慎重さを欠く。「偽筆制作者は、せせら笑っている」に違いない。偽筆ならば、どれほど大論文を書いても、全く意味がない。プロの鑑定家ならば躊躇せざるを得ない作品を新聞、などに真筆として発表して、博物館、美術館で展示することは、社会的にも問題がある。偽作者の作品様式が、(この場合、歌麿に)似ているのは云うまでもない。科学的に、各要件を慎重に、謙虚に観察すれば、多くの疑点に気付き、高い確度で、これらを偽筆と断定できるはずである。それは、楢崎宗重博士らが、かつて三日間だけ展示し(すぐ外した?)という経緯も、充分考慮されるべきである。

(追加)日本画を描いている日本画家から話を伺うことが出来た。これは絵描きの立場からの重要かつ説得力ある発言である。その画家は、この絵をTVで見た時、何か「歌麿の完成された、洗練さが無い」と思ったと。これは同業の画家としての直感であり、この直感を支持したい。なぜなら、私の鑑定結果と全く同じ偽筆を導き出している。

酒井 雁高(がんこう)
学芸員 、鑑定家 浮世絵・酒井好古堂
酒井好古堂(こうこどう)は浮世絵専門の鑑定、復刻業 100-0006東京都千代田区有楽町1-2-14
電話03-3591-4678 Fax03-3591-4678



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